クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
私はコーヒーカップを持ち上げ、口に運ぶ。ゆったりと嚥下して、カップを戻すと言った。

「いいじゃない。千石くんとなら気心は知れているし、あなたたちは兄妹のような関係なんだから」

横手さんが信じられないという表情で私を見つめる。口調は非難めいている。

「いいわけないです。こうちゃんの気持ちは違う……それに阿木さんの気持ちだって」

私の気持ちがなんだというのだろう。もしかして彼女には透けて見えていたのだろうか。私ですら、ようやく気づいたこの気持ちが。気持ちはすでに奥底に埋めてしまったけれど。

「私は断るつもりです」

横手さんが厳然と言った。

「こうちゃんとは婚約しません」
「受けたらいいのに」
「阿木さん!」

横手さんが苛立ちも露わに声をあげる。わざと歯がゆい態度をとっているわけじゃない。私にはこうやって、このふたりの背中を押してあげるしかできない。

「千石くんには年末の時点で『あなたを諦める』って言われてる。きっと横手さんを幸せにするためだと思う。それは受け止めてあげて」
「阿木さん、馬鹿みたいなこと言うんですね」

悔しいを通り越して泣きそうな表情と声で、横手さんは言った。

「好きを殺して、幸せになれる人間なんかいない。私はそんなおふたりは嫌いです」

私は少し笑って、大人のふりをした。

「横手さん、お昼食べよう。ね?」

横手さんは最後まで不満そうな顔をしていたし、私は最後まで大人の笑顔を崩さないでいた。
千石くんは結婚する。会社のため、自分自身のため。


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