クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「千石くん、当分は彼女・阿木真純さんについて色々勉強してもらうからね」

野口課長が言い、促されて私は微笑みを作った。

「はじめまして、阿木です。よろしくお願いします」
「……千石です。よろしくご指導ください」

千石孝太郎は、わずかに言い淀んだ後、丁寧に頭を下げた。

「それじゃ、今日はまずこのオフィスと社内の色々を教えてあげて。仕事はその後に追々ね」

ギクシャクしちゃいけない。私は自身に唱えて、彼に笑顔を作って見せた。

「それじゃあ、このオフィスから説明しますね」


総務部のオフィスについて各課の説明から応接や給湯室まで説明し、廊下に出る。

「お隣が秘書課です。現在十名が在籍して……」
「阿木真純さん」

それまで、穏やかにハイとかエエとか答えていた千石孝太郎が、急に声のトーンを変えた。間近で向かい合うと私より二十センチ高い彼が見下ろす格好だ。

「あの時の……東京タワーを……覚えていますか?」

私は答えなかった。しらばっくれてしまおうか。私みたいな平凡な顔の女、たくさんいるし、「なんのことですか?」とか言っちゃおうかしら。
いや、彼は確信があって言っている。何を言っても今更で、無駄だろう。私は観念して一礼した。

「その節は失礼しました」
「やっぱりあなただ。さっき、目が合って、すぐにわかりました」
「千石くん……」
「孝太郎と呼んでください。俺、あの後、何度も東京タワーに行きました。あなたとは会えなかったけれど」
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