クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
階段を駆け下りる。まだいるだろうか。
来客用の駐車スペースに涼次郎くんの姿を見つけた。
私が駆け寄ると、涼次郎くんが顔をあげる。

「阿木さん」
「涼次郎くん……お兄さんは?」

千石くんの姿が見えない。涼次郎くんと運転手だけだ。

「阿木さん、兄は東京タワーに向かいました」

涼次郎くんが私を真っ直ぐに見つめる。兄とは違った種類の澄んだ瞳だ。

「明日の昼のフライトなんです。夜のタワーはもう見られないだろうからって。……阿木さん、一緒にいてやってもらえませんか?」

どういう意味だろう。涼次郎くんの言葉に私はひとり慌てた。この少年は、私たちに何かあったことを知っているの?

「愛梨ちゃんから色々聞いています。あ、兄は愛梨ちゃんに振られましたよ。好きな女を幸せにできないヤツと婚約なんか無理って」

愛梨ちゃん……なるほど、年は離れていても千石くんと横手さんが幼いころから知り合いだったなら、涼次郎くんも横手さんと親戚みたいな付き合いをしていたわけだ。でも、横手さん、中学生相手に何を話したのよ……。

「兄はもう、この会社の後継者でも、阿木さんの部下でも、婚約者持ちでもありません。阿木さんには魅力のない男かもしれませんが、餞に会いに行っていただけると嬉しいです」

涼次郎くんに深々と頭を下げられ、私はいっそう慌てた。そして、胸がどくんどくんと鳴り響き始める。

みんなが背中を押してくれている。みんなが応援してくれている。
それなのに、私だけが立ち止まっている。これじゃ駄目だ。

会えなくなる前に向き合わないと。
カッコ悪いとか子どもみたいとか、そんなのどうでもいいから、後悔しないように足掻かないと!

「私……お兄さんに会いに行ってくるね。ありがとう、涼次郎くん」
「はい!それと、富士ヶ嶺の次期社長は俺になりますので、阿木さん、今後もよろしくお願いします」

そう笑った涼次郎くんの笑顔は千石くんにそっくりだった。年は離れていても、この兄弟、食わせ者なところは同じみたい。

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