クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「12月に入ってから相談されていました。タチの悪いブローカーにつけ込まれて、かなりの負債を負ったそうです。抱えていたアーティストも作品もだいぶ盗まれてしまいました。一時的に手伝いにも行ったのですが、とても間に合わない」

クリスマスにスペインを訪れていたのもそういう理由だろうか。もしかして年末年始もあちらにいたのかもしれない。

「彼らにSOSを出された時、一度は断りました。立ち上げたのは一緒でも、もう手を離した会社です。それぞれの人生があると別れたことを彼らも知っている。それでも助けてほしいというのは余程の事態です。悩みましたが、彼らを助けたい気持ちが、富士ヶ嶺で頑張るという気持ちを上回ってしまった」
「それで、会社を辞めることにしたの?」
「はい。父には『勘当だ』と。当然でしょうね」

勘当という重い言葉すら納得済みのようだ。千石くんは静かに頷いた。

「あなたが好きです。だけど、富士ヶ嶺の後継者という立場も無くし、金銭面も将来も不安定、さらに日本にはいなくなる。そんな状態であなたに愛を誓い、あなたの心を縛る約束をとりつけることなんてできない」

ああ、そうか。やっとわかった。
彼の心にあったのは、譲れない思いだったのだ。仲間を助けたい。また一緒に同じものを見たい。だから飛び立つのだ。

富士ヶ嶺にいれば、彼の未来は安泰だろう。家族とこんな諍いにもならない。それでも、千石くんは旅立つ。大事な仲間と次のステージへ行くために、居心地のいい場所を去るのだ。

私の好きになった人は、なんて大きいのだろう。心も、見ているものも。
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