クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
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千石孝太郎は、噂通りちょっとした人物だった。
御曹司というだけで鳴り物入りの入社なのに、あっという間に総務部の仕事を覚え、社内の各部署の業務まで把握してしまった。
富士ヶ嶺カンパニーは総合商社だ。取引先は部署により多岐にわたる。
二課、私たちのグループが手掛けている仕事は、営業部から回されてくる書類を的確に分類し、自治体や官公庁向けの書類に直すことが主だ。そんな内容はあっさり理解し、さらには自ら営業部と話し、役所との折衝役までこなしてしまう。各営業部の業務を理解していないとできないことだ。
たった一週間で目覚ましい活躍を見せながら、奢ったところは全くなく、常に『勉強させてもらっている』という姿勢なのだ。
まだまだ彼を色眼鏡で見ている人間は多くいるだろうが、実際に接した人間は『ただのお坊ちゃんではない』程度は思っているはずだ。総務部の大半の人間も千石孝太郎をそんな目で見るようになっていた。
そして、千石くんは私の提言をきちんと聞いてくれた。
初日のあの瞬間以来、彼が私に極端に親しくしてくることはなかった。むしろ上司として立ててくれ、素直に意見をきいてくれる。
「真純さん」
今、横のデスクから私を見つめてくる彼も、善良で爽やかな後輩そのものだ。ファーストネームで呼ばれることだけが、首をひねるけれど、それ以上に距離を縮めてくることはほぼない。
「秘書課の出欠席も出ました。そろそろ人数とコースの内容を確定させてしまいますね」
「ありがとう。千石くんも歓迎される側なのに、色々任せてしまってごめんね」
「いいえ、飲み会の仕切りって実は初めてなのでちょっと楽しいです」
なるほど、高卒でスペイン留学だものね。そういう機会がなかったんだと気付く。
「総務部長にご挨拶と乾杯の音頭をお願いしておいてね。部長、お酒が好きだから日本酒の品揃えも調べておいて」
「はい。挨拶は依頼済です。日本酒は部長のご出身の山形のものを中心に特別プランで飲み放題につけてもらう話になっています」
手際がいい。というより、気遣いし過ぎというくらいだけど、『頑張りました!』というムードを出さずにさらりと言うのでイヤミがない。