クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「ありがとうございます。ぜひ、参加させてください」

にこやかに答える千石くん。最近の若手は上司の誘いもパワハラアルハラと断る人が多い。コミュニケーションの場を作ろうとしている上司に過剰反応している若い社員を見ると、ちょっとがっかりしてしまうのが個人的な意見だけれど、千石くんは応じるつもりらしい。見どころがあるなと思いつつ、彼の立場的にも、将来部下になる人たちとは穏便にやっておきたいのかもしれないとも考える。

「井戸川課長、実は近くの居酒屋を押さえてあります」
「お、そうなのか?千石くん、準備いいなぁ。ああ、この店知ってるよ。たまに昼飯の定食食べ行くなぁ」

千石くんはスマホの画面を見せ、次の店の案内をしている。私も知らなかったけれど、彼は二次会の手配までしていたらしい。抜け目ないというか、なんというか。

「恐れ入りますが、課長と参加の皆さんでお先に向かっていただけますか?阿木さんと打ち合わせをしたら、すぐに追いかけますので」

そろりと駅に向かおうとしていたら、千石くんの口から私の名前が出てきた。
打ち合わせ?そんなの予定していないから、一緒に向かえばいいじゃない。
千石くんが私を見やり、ニコニコと歩み寄ってくる。その向こうで、井戸川課長が参加者に声かけしながら、十人ほどで歩いて行くのが見えた。

「真純さん」

居酒屋前はすでに閑散。帰宅する人たちはとっくに駅方面に向かっていて、二次会に向かうグループも行ってしまった。暗いオフィス街の歩道を歩いているのは、我が社の総務部とは関係ない新宿の会社員たちばかりだ。

「千石くん、お疲れ様。打ち合わせとか、特にないよ」
「歓迎会は問題なしでしたか?」
「うん、千石くんが準備万端にしてくれたから、私は会計以外特にすることなかったわ」
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