クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「あの日の東京タワー、俺は結構引きずっていますよ。どうにか会いたくて、何度も通った。名前を聞いておけばよかったと何度も思った。そうしたら、こんなところで会えた。ロマンティストな方じゃないですが、これも縁の一種だろうと思いました」

口の端をきゅっと上げると、彼の表情は劇的に変わった。穏やかな好青年だけが彼のすべてではないのだ。

「それなのに、あなたはまったくつれないんだから。ショックですよ。あの日を特別に想っていたのが俺だけだなんて」

あの日……私にも特別だった。
だからこそ、箱の中にしまった。そして、彼は、それを理解してくれたと思っていた。
千石くんが私の髪をさっとかき分けた。反射的に身をすくめた私の耳元に唇を寄せ、彼はささやく。

「俺ね、真純さんのこと本気みたいです」

本当に、何を言ってるの、この子は。
身をよじり、彼の顔を遠ざけた。

「千石くん、悪ふざけはやめて」

かろうじて冷静を保つ私は、一歩下がり彼を見据えた。子どもの悪戯を叱るみたいに年長者の顔をして。
千石くんはふ、と顔を歪めて笑った。私の反応も予想済みといった様子だ。

「でもまあ、あなたは俺の教育をしてくれるわけですから、チャンスはいくらでもありますよね」

そこまで言うと、千石くんは先までの爽やかな好青年の顔に戻った。

「真純さん、今後ともよろしくお願いします」

千石くんは一礼すると、私に背を向け去っていく。二次会会場に向かうのだろう。

彼の背を見送りながら、今更心臓が早鐘をたたいていることに気づいた。そして、ぶわっと汗がにじんできたのも今だ。

「ホント、何言ってるのよ……」

呟いた声は風の音にかき消された。 







< 26 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop