クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
一杯ってことは、場所を移動してお酒を飲むのかしら。そして見せたいものってなによ。

「長居せずに帰ります。それでいい?」
「ありがとうございます」

千石くんは爽やかに微笑み、私をエスコートする形で個室を出た。
店から出ると一階分下がり、ホテルのメインバーにやってきた。
通されたのは今度は個室ではなく、最奥のソファ席だ。背もたれが高く、座ると深く沈み込むので、全身がすっぽり隠れ周囲から見えづらい。完全なるカップルシートじゃない。

目の前は東京の夜景が広がっていた。今日は空気が澄み月が明るいので、遠くまでよく見渡せる。

ふと、何か引っかかるものを感じた。
なんだろう、この感覚。

「千石くん、この景色」
「気づきました?あの日、東京タワーから見えた景色と同じ角度です。タワーはここから遠くないのでかなり似た光景だと思います」

千石くんの見せたかったものってこれなんだ。
私はしばしその夜景に見入った。先までも夜景を見ながらの食事だったけれど、彼の意図に景色は違って見えた。

私たちの前に丸い氷のグラスが置かれる。濃い琥珀色の液体が揺らめいている。
意を決して、私は言った。

「あの日は本当にありがとう」

言いながら、自分であの日を蒸し返すことが恥ずかしかった。でも、伝えていない言葉だ。

「ちゃんと御礼を言っていなかったと思って。……あの時、色々くたびれ果ててしまっていたから、あなたの温度に救われた」
「お役にたてて嬉しいです」

千石くんは低く静かに答える。
ここからは彼の望む言葉ではない。でも、伝えなければならない。
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