クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「勝手な話だと思うけれど、私にとってあの日はおもちゃ箱の中みたいなものなの。時折開けて懐かしく思いだしたいものなの。生身の千石くんと恋愛に結びつくものじゃない」

私は右隣に座る千石くんに半身向き直りその鮮やかな瞳を見つめた。

「仮にも上司と部下という関係で、恋愛をする気はないわ。私に、その……誘うみたいなことはやめてほしい」

言いながら自意識過剰風でつい頬が熱くなるし、視線をそらしてしまう。
こんなモテる女みたいなセリフをわたしが言うことになるとは思わなかった。

「俺、今振られてます?」

千石くんが苦笑いして問う。彼はどこまでも、爽やかな部下で……。

違う、目の奥の色が違う。
野生の目だ。彼の本質の色だ。

次の瞬間、私はソファの背もたれに押し付けられる格好で唇を奪われていた。
押し付けられた唇は熱く、すぐに舌が差し込まれてくる。強いアルコールの香りと、千石くんの香り。どちらも蠱惑的でくらくらした。手で身体を押しのけようとすると、あっさり掴まり両手首を軽く片手で戒められた。

「ん……んウッ」

精一杯首をよじるけれど、千石くんの右手は私の顎を捉えているのでなかなか果たせない。むしろより唇を開くように顎を引かれる。奥深くまさぐってくる舌に私は切なく呻き声をあげた。

ほんの数分だったとは思うけれど、長い長いキスだった。
唇を解放され、荒い息とともに彼を見上げる。睨むような私の視線といつくしむような彼の視線がぶつかった。

「好きです、真純さん。毎日一分一秒ごとにあなたを好きになる」

千石くんの言葉は熱い。私の拒絶なんか聞いてもいなかったみたいだ。

「どうして……私なの……?」
「恋に落ちるのに理由が要るなら、『必然』としか言えません。出会った瞬間からあなたを俺のものにすることばかり考えていた」
「私は無理……あなたとは価値観が違うし……同僚だから……恋愛は無理」
< 62 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop