クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「あなたに完全無欠の幸せをあげられるのは俺です」

野生の肉食獣みたい。千石くんは私の世界を鮮やかに蹂躙しようとしている。

「あなたを甘やかし、微笑ませ、毎日とろけるような幸福を捧げます。真純さん、俺のものになってください」

彼は圧倒的な強者だ。生物として、私より生存競争の上位者だ。

だけどね、私も美味しくいただかれるほどお人好しじゃないのよ。

今にも再びキスしてきそうな距離にいる千石くん。
その顔に私は振りほどいた右手のひらを押し付け、がっしりと爪を立てる。そのまま体重をかけ真っ直ぐ押し出し、さらに勢いで立ち上がった。

アイアンクローしてやったわ……。見たか、アラサーの物理の底力。

手を離すと、のけぞりながら、さすがに驚いた顔の千石くんと視線がぶつかった。

「私は千石くんのものにはなりません」

はっきりと言い切り、小さなバッグから一万円札を二枚出すと、テーブルにどすんとてのひらをつき、置いた。足りるかわからないけれど、バーの飲み代だ。
反撃される前に急ぎ足でとソファから離れた。

「また月曜に」

手短に言って立ち去る。
ホテルの柔らかな絨毯の廊下をガツガツ歩きながら、エレベーターを待つのも面倒で階段に向かった。暗い階段は誰も利用する人がいない。私はそこをぐんぐん降りて行った。

最低。最低だ、千石孝太郎。
やっぱり私をモノにすることが目的なのね。私はその他大勢の何人目にされるのよ。遊ばれて捨てられるのはまっぴらごめん。

人生はたまに重たい。それを年齢的にも感じるようになってきた。
だけど、私の考える『重たい』ってこういう意味じゃないのよ。御曹司に迫られまくるなんて、人生の珍事でハプニングでイレギュラーなのよ!
はあ。この際、本当に本気でガチで転職しちゃおうかな。





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