クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
千石くんが入社して2ヶ月半が経った。千石くんは相変わらず私にアプローチをしてくる。
好きですよ、なんて言葉は挨拶みたいにされるし、ちょっと髪を切れば可愛い、爪を磨けば綺麗な手などなど褒める言葉も欠かさない。

私はといえばその好意をさらさら受け流す日々だ。
正確に言えば、ドキドキしないわけじゃない。褒められれば純粋に嬉しい。千石くんの瞳に捕らえられている瞬間は胸が高鳴るし、普段はけして触れてこない彼に二度されたキスは度々脳裏をよぎる。

だけど、彼との恋愛はない。

上司と部下の間柄だし、彼はこの会社の後継者だ。住む世界がまるで違う人と恋愛はできない。この年齢じゃ、捨てられた後が惨めになるだけ。

ただ、ちょっと前にあった秘書課の横手さんとのことで、山根さんと持田さん、そして秘書課の先輩・泉谷さんには千石くんが私に求愛中なのがバレてしまった。
この一点だけはむず痒いような妙な気分になるけれど、幸い誰も吹聴していないので、周りから見れば特に変化無しだ。

ひとまず私は総務のお堅いアラサー・阿木のままで過ごしている。
面倒ごとが多すぎてくたびれて、ふと転職しちゃおうかなくらいは考えることもある。総務だけど、法務、労務分野も見ていたからアピールにはなる。年齢的に微妙でも、キャリアアップを狙わなければいけるかもしれない。もう少し小さくて穏やかな会社で定年まで事務をやるのもいいんじゃない?なんて自分に問いかけたりもする。

でも、総務二課をほっぽり出して転職もためらわれるのだ。
自惚れるわけじゃないけど、私がいなくなれば二課の仕事を総括して見られる人間がいなくなる。いや、野口課長がやるのが一番なんだけど、課長には頼れないと誰もがわかっている以上、混乱は起こる。
それならここにいてもいいかなとも思う。認めたくないけど、職場から必要とされるってことも立派に私の承認欲求を満たしているのだ。
< 90 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop