クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
定時を過ぎて3時間、すでにオフィスには誰もいない。
私はひとり会社に戻り契約書を再チェックしていた。
一度は定時で退社して見せたのは、法務労務チームに気を遣わせたり、残業に巻き込みたくなかったから。野口課長にだけ残業する旨を伝え、外で夕食を摂ってオフィスに戻ってきたのだ。

できた契約書は私と営業のダブルチェックで原本の完成となるが、営業担当は忙しい分よく内容を見ていない場合も多い。だから今回のように、私がチェックをミスすればそのまま取引先にいってしまうこともある。
今後は、総務内でダブルチェックの体勢を作った方がいいかもしれない。

ふう、と思わずため息がもれた。
昼間は先輩ぶって上司ぶって、みんなを鼓舞した。でも、実際は思わぬミスに自分自身がショックを受けていた。どうして間違いに気づけなかったんだろう。見落としてしまったんだろう。私が気付ければこんな大事にはならなかった。
自分を信じてここまでやってきた私にとって、その自信が揺らぐのは怖いことだった。

ドアが開く音がした。誰か忘れ物だろうか。
振り向くとそこには千石くんがいた。

「コーヒー、差し入れです」

千石くんの両手にはコーヒー。近くのカフェのデコボコのテイクアウト用カップだ。ひとつを私のデスクに置いた。

「帰ったんじゃなかったの?」
「俺が帰る時に、真純さんが会社に戻るのが見えまして。残業なら差し入れしようと思ったんです」

千石くんはいつも通りナチュラルな口調で言い、自分の席についた。
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