ハーモニーのために
楽譜の宝庫
古びたドアがゆっくりと開き、部屋に夕ぐれの日が一筋さした。かすかなドアのきしむ音が、部屋の中に響きわたったと同時に、ほこりのにおいが鼻の奥を刺激した。私は足音を殺して、静かに部屋へと入った。家は今にも壊れそうなくらい老朽化していた。ドアは半分以上開ききったところで大きく軋み、そこから金色の太陽光が部屋を照らした。部屋の中があらわになった途端、あまりの紙の多さに絶句した。まるでクジラの歯のように本棚は紙で埋め尽くされていたのだ。しかも、家は思ったよりも奥行きがあって、棚は何台も並んでいた。自分の役割はわかっていたが、このおびただしい数の紙切れを見て、心が躍った。そっと棚に近づいて、中から紙を一枚引っ張り出してみた。それは今まで見たこともない、非常に奇妙な紙切れであった。茶色く薄汚れた紙に、まっすぐと伸びた五本の線の上を黒いオタマジャクシが飛び散っていた。その斑点は線の上を上がったり下がったり、くっついたり離れたりしていた。まるで暗号文のようだった。私にとってはなんのことだかさっぱりだったが、なんだか重要なもののような気がした。古びた家の価値はないと思ったが、このおびただしい数の紙を燃やしてしまうのはなんだかもったいないと思い返した。
じっとその黒いしみを見つめていたら、部屋の奥からかすかな物音がした。何か固いものが落ちるような音だった。もしかすると、昔ここを管理していたおじいさんがまだいるのではないだろうか。そうだとしたら大変だ。
「すみません、中にだれかいらっしゃいますか?」
私の声は静かに響いた。そのあとは沈黙を保ったままで、物音は聞こえなくなった。気のせいだろうか。しかし、音はまるで私の声に反応してどこかに消えてしまったようだった。もしかすると、今からこの家を燃やすと聞きつけた管理者の老人が、一緒に死ぬ、だなんてそこにこもっているのではないだろうか。私はゆっくりとつま先立ちして部屋の奥へと進んでいった。茶色い板間を足先で滑りながら、棚の隙間から見えたドアに近づいて行った。そして、丸い金属製のノブに手をかけた。ノブの冷たさが私の手を制したが、次第に警戒心を緩めていった。私はそれにつれてノブを回した。
ドアは入口のドアよりもスムーズに開いた。金属が心地よく動く感触と音が手に伝わっていった。窓が中央にあるが、棚がほとんどさえぎっていた。部屋は思っていたよりも小さく、4畳半ぐらいだ。中をよく見たが、私の考えとは裏腹にだれもいなかった。物置の割にはきれいに整頓してあり、黒いケースがまっすぐに積み上げられた。
しかし、ひとつだけ長方形型の金属が床に落ちていた。これがさっきの物音の正体だと知ると、安堵と落胆が入り混じったため息が出た。仕方がないから、整頓された中にただ一つ孤立していたその金属を拾い上げた。その金属は実に奇妙な形をしていた。角は丸く縁どられていて、一面だけ無数の四角い穴が並んでいた。表面は金色だったのであろうが、錆びてがさついていた。手に乗せてみると、その重みが心の奥に響き、胸騒ぎを覚えた。その金属は、入口から差し込む微々たる光を鈍く反射しながら、私に何かを期待しているように見えた。
ゆっくりとその金属を回転させ、四角い穴を見つめた。そこはなにかが入ってくるのを今か今かと待ち続けているようだった。時間が過ぎるのを忘れ、その不思議な四角い穴を覗いていたら、ふっと体が浮くような錯覚が体を取り巻いた。気づくと目は穴にくぎ付けになっており、だんだん穴は大きくなっていくのだった。頭がボーっとして、体が硬直した。何が何だかわからないまま、目の前が真っ暗になり、自分がどこにいるのかが分からなくなってしまった。
じっとその黒いしみを見つめていたら、部屋の奥からかすかな物音がした。何か固いものが落ちるような音だった。もしかすると、昔ここを管理していたおじいさんがまだいるのではないだろうか。そうだとしたら大変だ。
「すみません、中にだれかいらっしゃいますか?」
私の声は静かに響いた。そのあとは沈黙を保ったままで、物音は聞こえなくなった。気のせいだろうか。しかし、音はまるで私の声に反応してどこかに消えてしまったようだった。もしかすると、今からこの家を燃やすと聞きつけた管理者の老人が、一緒に死ぬ、だなんてそこにこもっているのではないだろうか。私はゆっくりとつま先立ちして部屋の奥へと進んでいった。茶色い板間を足先で滑りながら、棚の隙間から見えたドアに近づいて行った。そして、丸い金属製のノブに手をかけた。ノブの冷たさが私の手を制したが、次第に警戒心を緩めていった。私はそれにつれてノブを回した。
ドアは入口のドアよりもスムーズに開いた。金属が心地よく動く感触と音が手に伝わっていった。窓が中央にあるが、棚がほとんどさえぎっていた。部屋は思っていたよりも小さく、4畳半ぐらいだ。中をよく見たが、私の考えとは裏腹にだれもいなかった。物置の割にはきれいに整頓してあり、黒いケースがまっすぐに積み上げられた。
しかし、ひとつだけ長方形型の金属が床に落ちていた。これがさっきの物音の正体だと知ると、安堵と落胆が入り混じったため息が出た。仕方がないから、整頓された中にただ一つ孤立していたその金属を拾い上げた。その金属は実に奇妙な形をしていた。角は丸く縁どられていて、一面だけ無数の四角い穴が並んでいた。表面は金色だったのであろうが、錆びてがさついていた。手に乗せてみると、その重みが心の奥に響き、胸騒ぎを覚えた。その金属は、入口から差し込む微々たる光を鈍く反射しながら、私に何かを期待しているように見えた。
ゆっくりとその金属を回転させ、四角い穴を見つめた。そこはなにかが入ってくるのを今か今かと待ち続けているようだった。時間が過ぎるのを忘れ、その不思議な四角い穴を覗いていたら、ふっと体が浮くような錯覚が体を取り巻いた。気づくと目は穴にくぎ付けになっており、だんだん穴は大きくなっていくのだった。頭がボーっとして、体が硬直した。何が何だかわからないまま、目の前が真っ暗になり、自分がどこにいるのかが分からなくなってしまった。