ハーモニーのために
「ねえ、モニカ。あの時は本当に悪かった。もう一度やり直さない?君が僕のもとを離れて気づいたんだ。君がいないと僕は苦しいんだよ。」今にも泣きそうで苦しそうな顔つきをしたジャックが自分を見つめていた。「ねえ、モニカ。お願いだよ、君が必要なんだ。」

私はジャブルーへワープした時の崖っぷちに立っていた。このまま落ちるか、ジャックに抱きつくか…私は彼を許したいの?あんなに傷ついたのに?「ジャック、本当に…」そう言いかけて私は足を滑らせて崖から落ちた。体がふわりと浮いて目が覚めた。

「夢か…。」

しばらくベッドに横たわり、体中の筋を伸ばした。窓から差し込んだ光が部屋の埃を照らしていた。体をゆっくりと起こした時に、おぞましい頭の痛さに驚いた。昨日の夜は飲みすぎた。そのまま部屋を出て居間に行ったが、アゼイルの姿がなかった。彼女の部屋も覗いてみたが、どこにもいなかった。洗面台を借りて顔を洗った後、冷蔵庫から勝手にパンと牛乳を取って朝ごはんを済ませた。それから何もすることがなくなったので、荷物をまとめてアゼイルの家を出た。

昼間の街は夜と打って変わって静かだった。すたれた建物が並ぶ道沿いをゆっくりと歩いて行った。バーやシアターは閉店しており、人ひとりいなかった。埃っぽい、抜け殻のような町だった。そのまま小さな路地に入っていき、目的地もないまま歩いていると、小さなアンティークショップのようなものを見つけた。ショーウィンドウは汚れがついており、古ぼけた赤や緑のインテリアや小物が飾ってあった。中は薄暗くて何も見えなかったが、だれもいないように見えた。ためしにかわいらしい茶色のドアを押してみると、驚いたことに少し軋んでから開いた。私はそのまま中に入って、興味深げにいろいろなものを見てみた。瀬戸物でできた小鳥が周りに飾られている掛け時計、洋服を着たウサギの置物、天井からぶら下がっている金色の鎖、ワインレッド色のふかふかの椅子。カウンターのような場所には小さな陶器のマスコットがたくさん並んでいた。騒々しい不気味な街とは調和しない、古くて優しい雰囲気を持った別世界にいるような気がした。一つずつ商品を見ていたら、ふと目につくものを見つけた。長方形型のガラスのケースで、部屋の中央に飾られていた。近くに寄ってみると「Where Harmony truly belongs」と彫られた木の板が上に飾ってあった。そのガラスのケースには、なんと音符が削られていたのだ。私は急いで自分のカバンからジャックから盗んだ楽譜をとりだした。赤いリボンをほどき、薄汚れた茶色い紙を広げると、そこには「Harmony」と題された楽譜が記されていた。まさかと思って驚いていると、店の奥から物音がして体が飛び上がった。

「お客さんかい?」店の奥から出てきたのは白髪の老人だった。大きなメガネをかけ、緑のエプロンをつけて手に彫刻刀を持っていた。細々とした足で私のほうへと近づいてきた。

「すみません、勝手に入ってしまって。」私は急いで楽譜を隠してカバンに入れた。「あの、これっていったいなんですか。」と言って、先ほど眺めていたガラスのケースを指差した。

「ああ、これはHarmonyの楽譜のためのケースだよ。この世界はこの楽譜なしでは調和できないんだ。それが、今から二十年前にわしの弟子に盗まれて、今ではめちゃくちゃさ。みんなが自分勝手に好きなことをしているくせに、ほかのやつらは認めない。一番の権力を手にするために、この楽譜をいまだに争っている。わしはもうこの楽譜がどこにあるんだか見当もつかない。そもそも、この楽譜なんか誰の関心にもなかったのになあ。すべてはあいつのおかげで始まってしまった。終わらせるにはこの楽譜をここに収め、みんながこれを演奏することだ。」

そういって老人は一息ついた。

「でも、みんながその楽譜を演奏するのは難しいんじゃないですか。だって、みんながみんな違う音楽を奏でていて、調和しようとなんて思っていないじゃないですか。」

老人は私をちらりと見た。

「あんたはどこのもんだい。」

「私は…ここの世界の人間ではありません。音楽も存在しない、ひどい世界から来ました。」

「みんなが調和するには、そのすべてをわかっている人間が先導するしかない。わしにはそんな力はもうないがな。楽譜を出しなさい。」

私は驚いて目を見張った。なぜこの老人は私が楽譜を持っているとわかったのだろう。

「楽譜がこのケースに近くなると音符が勝手に刻み込まれるのだ。それで今気付いた。」

老人は私の心を読んですぐに答えた。そして私に手を差し出した。私は仕方がなくカバンに隠した楽譜をだし、老人に渡した。老人はその楽譜をまじまじと見つめ、懐かしいものを見るように目を細めた。それから台に上ってガラスのケースにその楽譜を滑り込ませた。すると、見る見るうちに楽譜とケースが照合し、目を開けていられないくらいの光が放出された。
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