覚悟はいいですか

「山口さん、今日はよろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします」

パーティー前、緊張でドキドキしていたのに、私が会長と話したのはそんなありきたりの挨拶だけだった

おそらく麗奈から事前の準備について何をどう進めているか、逐一報告がなされているのだろう
内容について特に変更の指示もなかったことから考えて、概ね会長のお考えに沿うものであると思う

憧れの人に仕事を認められたようでほっとすると同時に、これからが本番だと気持ちを引き締める
いくら完璧に準備しても想定外のことがいつ起こるとも限らない。仕事は成果を上げて初めて、ほんとの意味で認められるのだから

顔を上げ、淑やかに微笑みを浮かべながらザッと招待客を見渡し、頭の中で三次元のパズルを組み立てるような感覚でスタッフと社員の配置を並べ替える

情報の詰め込みから始めたが、さすが麗奈の部下達、パーティー当日までにきっちり仕上げてきた

会長に従って移動しながら手元に隠したマイクで次々と指示を出し、あとは秘書たちからの報告を待つ

これから会長のところには招待客が次々と挨拶に来る。そのことを利用して実際のゲストを観察し、必要に応じて事前の情報との違いを担当に伝える重要な役割がある
違いの有無の見つけ方は、これはもう肌感覚のような直感によるところが大きい。ブランクがある分、果たして通じるものかどうか……

「大丈夫よ、自分を信じなさい」

ふいに会長から声をかけられた
会長は前を向いたままだったので、いったい誰に話しているのかと思ったが、麗奈が横目でこちらを見るから、私にかけられた言葉だったと解った
一度もこちらを見ていないのに、私は斜め後ろにいて視界には入っていないだろうに、動揺と緊張がわかってしまうなんて……やっぱりすごい人だ

無我夢中で会長の背中を追いかけていた時のことを思い出す
いざとなったら、目の前に尊敬してやまない織部会長がいるのだ、私は落ち着いて私の役目を果たそう

気持ちを切り替え、無事、最初のゲストを冷静に迎えることができた……

< 104 / 215 >

この作品をシェア

pagetop