覚悟はいいですか
地下駐車場に車を止め、助手席のドアを開けてにっこりしながら差し出された手に自分のそれをそっと重ねて車を降りる
そのまま礼の右腕に手をかけるようにされ、腕を組んで目を合わせる
礼は唇でより深く弧を描き、これ以上ないくらい優雅に話しかける
「お姫様、参りましょう」
他人が言えば背筋が寒くなる台詞も、礼が言うと自然に聞こえるから不思議。やっぱり彼はどこかの国の王族か何かじゃないの?
「王子様、これからどちらへ?」
半分ふざけて半分本音で言うと、礼はおかしそうに喉を鳴らして
「夢の国にご招待します」
王子は否定しないんですね・・・っていうか、その流し目、色っぽ過ぎて困るんですけど!
慣れた様子のエスコートにはにかみながら、せめて彼に恥を書かせないよう背筋を伸ばして歩き出す
エレベーターでエントランスのある2階へ、そこから中央に伸びるエスカレーターに乗って一気に5階へ向かった
緋色の絨毯を踏みしめ降り立つと、目の前のロビーはドレスアップした人々であふれている
ここは都心の複合施設内にありながら、欧米の伝統的なオペラハウスをそのまま再現した国内でも有名な劇場だ。海外の著名なオペラやバレエ団の作品もよく上演されている
ロビーの天上からは大きなシャンデリアが下がり、空間そのものがキラキラして見える
礼は腰に手を回し、優しくエスコートしつつホールへと向かう
高まる密着度にドキッとしながら周りを見ることでごまかしていると、白手袋をしたスタッフにお辞儀をされる
会釈で返す礼に倣い私も軽くお辞儀すると、重そうな扉を押し開けてくれた
重厚な扉の先は2階にあるボックス席だった
立ち止まって息をのむ私の背後で、扉がゆっくり閉められる
重く空気を押し出すような音に押されて最前列まで向かうと、そこから見える壮麗な景色に呼吸が早まり、胸を押さえた
「紫織、はい」
「嘘…、これって!」
立ち竦む私に礼が声をかける
渡されたパンフレットを見て、私は大好きなパリのバレエ団が今日ここで上演することをやっと思い出した