覚悟はいいですか
演目は『Giselle(ジゼル)』
フランスの作曲家アドルフ・アダンによるバレエ作品で、『ラ・シルフィード』『白鳥の湖』とともに三大バレエ・ブラン(白のバレエ)のひとつに数えられるロマンティックバレエの代表作だ

「すごい…こんな素敵な席で、ここのバレエを見れるなんて!」

「フランスにいた時、紫織がこのバレエ団好きなの思い出してさ、何度か見に行って俺も好きになった。
なかなか来日しないって言ってたから、機会があれば絶対一緒に見に行きたいと思ってたんだ。
たまたま今日時間が空いたから、ちょっと強引かとも思いながら連れてきたんだけど、喜んでくれたみたいでよかった」

「ありがとう。私なんて忙しさに紛れてうっかり見逃すところだったよ。
すごく嬉しい!」

興奮して話す私を礼は満足そうに目を細め、優しく見つめる。微笑みながら肩を抱いて席に着くよう促され、私はハッとして周りを見た

「大丈夫。ここは貸し切りだから。でもそろそろ始まるから、ね?」

「う、うん、ごめんなさい」

う~、私のばかかば!せっかくドレス選びからここまで完璧にエスコートしてくれたのに!はしゃいじゃって恥ずかしいっ!!

情けなくて下を向くと手をそっと握られる。ハッとして隣を向くと、苦笑する礼は余裕の表情だ。愛おしむような目をして、握った手と反対の手で頭をポンポンされた
何か子ども扱いされたようで、でもちょっと嬉しくて、さっきとは別の恥ずかしさに上目遣いで見ると

「…その顔は反則」

急にしかめ面になり、プイッと舞台の方を向いてしまう
意味が解らず首を傾けた時、開演のベルが鳴った

ホールの照明がフェードアウトすると拍手が聞こえてくる。舞台の方を見るとオーケストラピットに指揮者が立ち、客席に一礼したところだった

オーケストラの演奏が始まり、客席の意識が舞台へと収束していく
やがて幕が引き上げられ、芸術的な背景と舞台装置が現れる

エトワールの豊かな感情表現とオーケストラのまるで会話しているような演奏
自身もバレエ経験があるせいでつい技術的な細かいところまで気になってしまうが、フランスというお国柄か、その踊りは本物の人間の醸し出す感情の発露のようで引き込まれる
あのジャンプもアラベスクもまるで目の前の人物が感情のままに動いて自然な動きをしているようにしか見えない
あんなに華奢な体なのに、そこからあふれ出るエネルギーに圧倒され、舞台の世界に呑まれていく感覚に身を任せた…
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