華雪封神伝~純潔公主は堅物武官の初恋を知る~
一 神々の復活

武闘大会の優勝者

「――勝者、江陵威! みなさま、両者の健闘を称え、盛大な拍手をお願いします!」

 審判の威勢のいい声に応じ、場内が割れんばかりの歓声に包まれる。
 宝迦国の第七公主である斎華雪は、周囲と同じように手を鳴らしながら、若手の武(ぶ)官(かん)がその実力を競う武闘大会の優勝者をじっと見つめた。

 二十二歳の若さで、すでに若手随一の武将と謳われている彼は、禁軍左軍将軍のひとり息子だ。以前は、周囲から親の七光りと揶揄されることも多かったようだが、この武闘大会はそんなものは通用しない、完全な実力勝負の催しである。

 この国の武官たちは、実戦においては宝貝と呼ばれる、さまざまな術を発動させる武器を駆使して戦う。未開の土地に、不可思議な力を持つ獣――妖獣たちが、数多く棲息しているからである。

 彼らは姿も有する性質や能力も、本当にさまざまだ。ほとんどの妖獣は、人間に自ら近づいてくることはない。
だが、中には人を襲うものもおり、そういった種は概してすさまじい破壊力を持っている。通常の武器では、危険な妖獣たちに太刀打ちできない。宝貝のみが、彼らと戦うことを可能にするのだ。

 そして、宝貝を造ることができるのも、それを操ることができるのも、道力という常人にはない力を持って生まれた人間――道士と呼ばれる者たちだけであった。

 道力を持つ子どもが生まれる確率は、そう高いものではない。皇族や貴族たちの中ではさほど珍しくないが、平民階級に道士の才を持つ子が生まれることは、非常に稀である。

 そして、平民に生まれた道士の子は必ず、貴族の養子になるか、貴族の後見を受けるか――いずれにせよ、成人すれば必ず皇城へ出仕することになる。宝貝を造り、操ることができる道士は、妖獣の脅威をぬぐい切れないこの国において、貴重な戦力になるからだ。

 道力を持って生まれるか否かで、ほぼ強制的に将来が決められてしまうため、子どもが道士であることを隠そうとする親もいるらしい。しかし、その試みが上手くいく可能性は、万にひとつもないだろう。
なぜなら、道力を持って生まれた人間は、その体のどこかに必ずそれを示す特徴が現れるものなのだ。

 常人とは異なる瞳の色、髪の色、肌の色。あるいは、異形の痣。いずれにせよ、そう簡単に隠し切れるものではない。
 華雪自身、皇室直系の血を引く証である、淡い紫色の瞳をしている。
今大会の優勝者である陵威は、父親譲りの緑色の瞳か。どうやら彼は、将来の禁軍の将たるにふさわしい資質を備えているようだ。

 しかし、どれほど腕があろうとも、戦場でも最後にものを言うのは、本人の体力と根性。そして、何より時の運。
 若手武官たちが、それらをどれだけ有しているかをたしかめるのが、この武闘大会の目的だ。そのため、年に一度開催されるこの大会だけは、いかなる手心もご法度とされているのである。

(陵威さまは、見目も大変よろしくていらっしゃるから、これからさぞ多くの縁談が舞い込むようになるのでしょうね……。まったく、お気の毒なこと)

 他人事ながら、今後、陵威がどれほどの縁談攻撃に遭うのか、ちょっぴり心配になってしまうのは、ほかでもない。
 第七公主とはいえ、皇后の産んだ唯一の女子である華雪は、幼い頃からいやというほど数多くの縁談を申し込まれているからだ。

 当代皇帝である斎永波と皇后の間に生まれた子は、今年十八歳になったばかりの華雪と、もうじき十二歳になる弟の絃秀だけだ。このまま何事もなければ、すでに次代の皇位を継ぐ者として認められている弟が皇帝となるだろう。

 そうなれば、皇帝の唯一の同腹の姉である華雪を娶った貴族は、宮殿内でかなりの発言力を持つことになる。

 何しろ華雪は、幼い頃から皇帝の寵愛を競う側室たちが火花を散らす後宮で、必死に弟を守ってきたのだ。その結果、弟は、少々姉に対する甘えが強い少年に育ってしまった。

 だが、彼女は若干反省はしているものの、まったく後悔はしていない。
 愛くるしい笑顔で無邪気になついてくる弟は、華雪にとって唯一の癒しなのである。今後彼が成長し、むさ苦しい男に育ったとしても、弟はいつまでも可愛い弟のままであろう。

 ふたりの母親である皇后、斎麗香は、皇帝一族の傍系に生まれた女性だ。封禍王の濃い血を後世に残すため、歴代の皇帝は代々、己からもっとも遠い傍系の、強い道力を持つ女性を娶るのが慣例となっている。

 彼女は、後宮のすべてを取り仕切る立場にあったため、子どもたちの養育は側近たちに任せきりだった。『死にゆく者に次代の皇帝たる資格なし』と断言していた彼女は、もし華雪や弟が本当に暗殺されても、眉ひとつ動かさなかっただろう。

 皇后という立場上、それは仕方のないことなのかもしれない。
けれど、幼かった華雪が『誰も守ってくださらないなら、弟はわたしが守ります!』となったのも、これまた仕方のないことだと思う。

 そんなことをぼんやりと考えていると、控えていた侍女が華雪に近づいてきた。
 皇帝の嫡子である公主の華雪は、この武闘大会を制した者に優勝旗を贈り、祝福を捧げることになっている。そろそろ、出番らしい。

(面倒ですけど仕方がありません。がんばって、猫をかぶって参りましょう)

 幼い頃から厳しい教育を受けてきた彼女にとって、〝公主らしいたおやかな笑顔〟は、基本中の基本である。可愛い弟からも、「姉さまの作り笑顔は、本当に素晴らしいですね!」と、太鼓判を押されているくらいだ。

 ふんわり、おっとり。世の中の苦労を何ひとつ知らないような、甘いほほえみ。
 これを会得するまで、かなりの苦労と修練を積んだものだ。だが、そんなことは欠片も感じさせないのが、公主としての腕の見せどころである。

 侍女に導かれるまま、華やかな刺繍を施された優勝旗を捧げ持った華雪は、舞台の中央で跪いている青年武官の前に立った。

 そして、人々から〝淡雪のような〟と評される笑みを浮かべ、できるだけ柔らかな声で口を開く。

「江陵威さま。このたびは、素晴らしい武術の数々を見せてくださいまして、本当にありがとうございました。――優勝、おめでとうございます。あなたの前途に、光あらんことを」
「はっ! ありがたき幸せにございます!」

 きらびやかな礼服に着替えた彼が、頭を下げたまま優勝旗を受け取る。
とりあえず華雪は、先ほど決勝戦を終えたばかりだというのに、相手がまったく汗臭くないことにほっとした。どうやら彼は、着替える前にきちんと水浴びをしてくれたらしい。
 さすがは、禁軍左軍将軍のひとり息子。この辺りの教育は、きちんとされているようだ。

 ひとまず、自分の仕事を無事にこなした華雪は、そっと安堵の息をつく。猫かぶりの笑顔は、やはり疲れる。嘆いたところで意味のないことではあるが、つくづく面倒くさい身分に生まれてしまったものだ。

 一挙手一投足を重箱の隅を楊枝でほじくるように監視され、ほんの少しでも間違いをすればここぞとばかりに非難される。そんな立場を喜べるというなら、被虐趣味の変態だと華雪は思った。


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