DISTOPIA EMPEROR―絶対王者は破滅を命ず―
「とっくにめちゃくちゃでしょう?」
そいつはあまりにも速かった。
あっ、と思った次の瞬間にはもう目の前にいた。
殺《や》られる。
躊躇《ちゅうちょ》のない腕がおれの喉を狙っている。
素手でも人間ひとり殺すくらい簡単なんだって、確信的な殺意が無言のうちにそう言っている。
ガクンと、おれはのけぞった。引っ張られたせいだ。
風圧が頬を叩いた。
空振りした腕が、ビュッと音を立てた。
「弱いんなら下がってろ!」
おれの腕を引っ張った煥《あきら》が怒鳴った。
かばったついでに振り回すようにして、おれを襲撃者から遠ざける。
おれは踏ん張りが利かなくて、吹っ飛ばされて尻もちをついた。
襲撃者が飛びすさる。人間離れした身軽さだ。
チラリと視線を動かして、一つの名前を呼ぶ。
「さよ子さん」
見た目どおりの細い声だ。
男の声じゃあるけど、圧を感じさせない性質。
でも、呼ばれたさよ子はビクッと震えた。
そりゃそっか。
ひどく機械的っていうか、人間味に乏しい声音だ。不気味だった。