シンデレラと野獣

「化粧売り場?」

 化粧品なら、安いものではあるがいくつか持っている。なぜ、持っているものを更に買い足す必要があるのだろう。

 銀座三越の一階には、これでもかと化粧品ブランドが並んでいる。

「好きなブランドはあるのか?」

「い、いえ……特には」

 完全に気後れしていた優香は、唐突に尋ねられて口ごもった。銀座の三越に来ている女性たちは綺麗な服装をしている。

 部屋を片付けたあと、一度着替えたものの、あまり高い洋服ではない。

 康の私服は見るからに高そうで、銀座にいてもあまり見劣りはしなさそうだ。

「これなんかどうだ?」

 Diorの店先で、店員に似合うメイク用品を全て取り揃えて欲しいと康が伝えると、俄然やる気になったのか、優香の顔を全部塗り替える勢いで、店員は新しいコスメを次々取りだした。

「あの……こんなにたくさんは」

「君の仕事は、俺の隣に立つ事だ」

 きっぱりと言われてしまうと、返す言葉がなくなってしまう。

 鏡を見ると、別人になった優香がいた。

「お綺麗です!」

 リップサービスも、案外嘘ではないのではないかというほど、綺麗に整った顔の優香がいた。

「全て、郵送してくれ」

 確かに全部持っていくのは厳しいだろうという量を購入したので、郵送をしたくなる気持ちはわかるが、さすがにお金が勿体無い。

「あの、私持ちます」

「化粧品、すぐ使いたいのか?」

 全然話が通じない康に「いえ、そうではなくて」と口ごもる優香だが、「速達でならいいな。他にも寄るところがある」と康は彼女の気持ちに気がつくことはなかった。

 そのあと、優香はバッグやら洋服やら、康好みの洋服を大量に購入された。全部郵送で。

「ありがとうございました」

 お礼を言わなくてはならないと、優香は帰りの車の中で頭を下げた。

「かまわない。擬似とはいえ恋人だからな。持っているものすら満足させられないのかと、立場がなくなる」

「……そうなんですね」

「夕食は本当に家でいいのか?」

「華ちゃん待ってるでしょうし」

夕飯は、華が待っているので家で取ろうと提案した。本当は、これ以上自分にお金が使われるのか怖かったのだ。

数十万単位で自分にお金が支払われるのは、なんとも恐ろしい経験だ。
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