シンデレラと野獣
 
 華が洗面所で化粧を落としている頃、優香は康に謝っていた。

「ごめんなさい。華ちゃんに化粧をしてしまって……。大人なのに」

「華は、小学生らしく育てたいと思っている。この化粧品は、君に買い与えたもので、華にではない」

「……すみません」

 康の言う通りだ。つい華が可愛くなって、大人としての良識を失ってしまった。

 部屋を出て行く直前の華と同じように優香は肩を落とし、俯くしかなかった。

 康は小さくため息をついた後、優香の頭をそっと撫でた。

「だが、姪っ子を可愛がってくれることには、心から感謝している」

「え?」

「元々物分かりのいい方だが、あんな風に必死に誰かを庇う華をはじめて見た。化粧は時が来ればこちらが止めてもするだろうが、今は小学生らしくいさせてやってくれないか?」

 優香は顔を上げて、康の方を見た。その目は、怒ってはいないようだった。

「あの……」

「その服もメイクもやはり似合っているな」

 優しく目を細める康に、優香の心がほんのり暖かくなるのを感じた。

「あの……ありがとうございます。大事に着ますし、使います」

 空調の音が、部屋の中に鳴り響く。一瞬、世界のすべての時が止まったと思った瞬間、康と優香の唇が重なった。

 柔らかい康の唇は、優香の唇に触れると吸い付くように形を変えた。

 吐息が唇から零れる。康の手が、優香の肩をそっと支えた。

 柔軟剤の優しい香りが、康の着ているシャツからする。

 永遠に続くと思われるキスが終わりを告げて、康の唇が離れていった。

 キスをしてしまったという事実に気がつき、優香の顔は真っ赤に染まっていく。

「あ、あの」

「嫌だったか?」

「いえ、あの……」

 何を言ったらいいのかわからない。

 なぜキスをしたのか、ここで聞いていいものなのだろうか。

 恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくて、まともに康の方を見ることができなかった。

「華ちゃんと顔を一緒に洗ってきます」

 優香は逃げるように、その場を後にした。
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