冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「お嬢さんは数年前から、年にニ、三回ほど、この町に訪れるようになって、面識のある住人も増えていって、孫も皆、お嬢さんなついていたのに……」

 老人の声が次第に小さくなっていく。

「もう、これっきり会えないと知ったら、孫たちは悲しむだろうなぁ……」

「会えない、とは?」

 ウォルの眉が少しだけ動く。

「わしもよくわからんが、家の事情らしい。さっき孫らには内緒でこっそり言われたばかりだよ。この町に来るのは今日が最後だと。まあ、考えてみればお嬢さんも年頃だ。おそらく、どこかから良い縁談が来たんだろうなぁ」

(縁談……)

 ウォルは再びライラに視線を戻した。

 美しい髪と瞳の色に、整った顔立ち。体型もスラリとしていて、容姿は申し分ない。流行のドレスに身を包み、おしとやかな立ち振舞いで控えめに微笑めば、それを見た男連中が彼女を妻に迎えたいと思っても何ら不思議ではない。

(……ただし、静かにしていれば、だ……。少しじゃじゃ馬の気がある性分を知ったら、結婚相手もどうするか……)

それでも己の理想とする妻の像を押し付けがちな男は多いと聞く。

(あの娘が自分らしさを失ってしまうかもしれないのは少し残念な気が……)

 無意識のうちにそう思ったところで、ふと思考を停止させる。

(残念とは何だ……。俺には関係のないことだ)

 ライラから視線を外すと、ウォルは後ろに立つユアンに向けて声を投げた。

「そろそろ行くぞ」
「はい」

 老人はもうそれ以上ふたりを引き留めようとはせず、再び礼を言いながら玄関まで見送りに出てくれた。

「急いでいるところをすまなかったねぇ。でもありがとう」

「いや、大したことはしていない。こちらこそ水を頂戴して喉を潤すことができた。礼を言う。……それから、子供たちは国の宝だ。どうかこれからも健全に成長してくれることを願う」

 ウォルは老人に向かって軽く頭を下げ、ヨアンを伴って外に出ようとした時。
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