冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 コンコンコンッ、と強めに、外から玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。

「おや、誰かな」

 老人がゆっくり開けると、ライラと同年代ほどの小柄な女性が立っていた。小麦粉色の髪を後ろに束ね、質素な身なりのその女性の額には、走ってきたのかうっすら汗の玉が滲んでいる。

「おお、確かあんたは……」
「すみません、お嬢様がこちらに見えてませんか!?」

 その女性は老人を押し切るように一歩前に出ると、ドア付近に立つウォルとユアンに目もくれず、すぐに家の奥へと視線を移した。

 そして居間にいるライラを発見した途端、早足でそちらの方へ進む。

「お嬢様!探しましたよ! それはもう、お嬢様が行かれそうなお店や場所はくまなく! 急にいなくならないで下さいと、あれほど申し上げたでしょう!?日傘がお嫌なら、せめてお帽子を被ってください!」

「ごめんなさい、マッジ。すぐに戻るつもりだったのよ」

 ライラは決まり悪そうに、眉尻を下げた。突然の訪問者ーーマッジはそんなライラの手を取り椅子から立ち上がらせると、出口まで引っ張っていく。

「もうワガママは許されませんよ。以前と違って大事な時期なんですから、ご自分の身を考えてください」

「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

 不満げに尋ねる子供たちに、ライラは振り返りざまに微笑む。

「ごめんなさいね、帰らないといけないの。おじいさん、ありがとう」

 マッジは玄関までライラを連れてくると、外套姿の背の高い男たちに初めて気がつき、「ヒッ」と表情を引きつらせた。ひとりは顔を晒しているが、もうひとりはフードを目深に被っていて怪しいことこの上ない。

「お嬢様、まさか……私がここに来るまでこの男性たちと一緒にいたのですか……?」

「え? ええ、そうよ。知り合ったのはついさっきだけど……」

「さっき知り合ったばかり!? もう、お嬢様、しっかりなさってください! そんな身元もはっきりしない危なげな人たちと一緒にいて、何かあったらどうするんですか!?」

「ちょ、ちょっとマッジ、失礼よ。この方は私を助けてくれて……」

 すると、ライラの言葉途中で、ウォルは何も言わずにドアを開けて出ていってしまった。ユアンも静かにその後に続く。

「あ、待って!」

 ライラはマッジの手を振りほどくと、ウォルの姿を追った。
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