冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 後ろから自分を呼び止めるライラの声が聞こえてはいたが、ウォルはそのまま歩みを止めることなく、老人の家から少し離れた一つ目の角を曲がった。住宅地の道は狭く入り組んでおり、来た道とは違うが進むべき方向はだいたいわかる。

 だが、追いかけてくる足音が背後まで迫り、ウォルは外套の裾をグッと強く引っ張られた。仕方なしに振り返ると、肩で大きく息をし、呼吸を整えているライラがいた。

「ハァ……待って、って……言ったのに……」

「俺が待つ理由がない」

「でも、その……ごめんなさい、気を悪くさせてしまって」

 ライラが身を縮めるようにして、頭を垂れた。

「何とも思っていない。家に入ってきた人は、お前のところの侍女か?」

「ええ……」

 使用人を雇える財力があるということは、やはりそれなりに裕福な家の娘なのだ。侍女も『大事な時期』と言っていたし、『縁談がきたのかもしれない』という老人の読みは当たっているのだろう。

「あまり下の者に心配をかけるなよ」

 淡々としたウォルの口調だったが、叱っているわけではなく、どこか諭すような穏やかな響きだった。ただ、そのセリフを聞いたユアンは『どの口が言ってるんですか』と思ったが、言葉にはせず、心の中にしまっておくことにした。

「お嬢様、お待ちになってください……」

 息を切らせながら角から現れたマッジは、ライラがウォルやユアンと一緒にいるのを見るやいなや飛ぶように駆け寄ってきて、鋭い視線をその怪しげな男たちに向けた。
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