冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 ここで樽の中から出ていく考えも頭をよぎったが、男たちは先ほど衛兵の尋問を受けたばかりだ。自分を王太子の婚約者候補の令嬢だと言い張る怪しげな小娘のことなど信じず、むしろ匿ったとういう冤罪を恐れて、直ちに衛兵に突き出してしまうかもしれない。そうなれば、おのずとテレンス王子のもとに連れられ、誰もいない部屋で興奮した獣から執拗な罰を受けることになるだろう。

 フィラーナは身震いした。

(嫌よ、“あの人”以外の男性に触れられるのは……!)

 自然と沸き上がった感情を、フィラーナはもう否定しなかった。



 次の対策を考えている間にも、次々と樽が運び込まれていく。そして、いよいよ自分が入っている樽に手が掛けられた。ぐらり、と大きく揺れたが、フィラーナは狭く不安定な空間の中で何とか四肢を支え、口をしっかり閉じて声が出ない様に努める。

 もともと、フィラーナと同じ体重ほどの物が入っていたのか、男たちは不審がる様子もなく、黙々と作業を続けていく。すべてを運び終えると、ひとりが御者台に座って手綱を取り、もうひとりは荷台に乗り込んで、空いている隙間に座った。これでは監視されているようで、身動きが取れない。ふたりとも御者台に座ったタイミングで、そっと出て行くというフィラーナの考えはもろくも崩れ去った。
 
 やがて、馬が地面を蹴る蹄の音と共に、ゆっくりと荷馬車の車輪が回り始めた。
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