冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
* 

 宿から少し歩くと、賑やかな商業地域に出る。

 大通りの中心部、やや混雑した料理店の中に、一際目を引く端正な顔立ちの黒髪の男が入ってきてから、給仕係の娘たちは忙しい仕事の合間にもせわしなくその男に熱い視線を送っていた。娘のひとりが、幸運にも追加料理を運ぶことになり、期待を込めた笑顔で男のテーブルに近づく。しかし、その向かいに座る蜂蜜色の髪をした女が美味しそうに料理を口元に運ぶ姿を、その男が目を細めて優しく見つめていることに気づくと、ガックリと肩を落とし料理を置いて、テーブルをあとにするのだった。

「本当によく食べるな。よほど腹が減ってたのか」

「ウォルに会えてホッとしたからよ、きっと」

 テーブルの上に所狭しと並ぶ、スープやパン、肉料理。楽しそうに談笑するふたりを見て、彼らがこの国の王太子とその妃候補の令嬢だと気づく者はいない。

 フィラーナを連れて歩くことに、ウォルフレッドが出した条件がいくつかある。

 絶対に自分から離れないこと。無茶をしないこと。そして、“殿下”ではなく“ウォル”と呼び、敬語は使用しないこと。

 いきなり砕けた態度で接することにもちろんフィラーナは躊躇したが、守らなければただちに城に送る、とウォルフレッドに強く宣告され、仕方なく条件を呑んだ。だが、それも次第に馴染んできて、港町で出会った時のことを思い出し、フィラーナの心は軽く弾んでいく。

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