冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 無言のまま瞳を見開き、驚愕の意を示すウォルフレッドに、フィラーナは優しく微笑みかける。

「私、これからもあなたと歩んでいきたい」

 ウォルフレッドは戸惑いを隠しきれないように、眉根を寄せる。 

「……いいのか? 俺といても王妃にはなれない。この先、お前に何も残してやれないんだぞ」

「何も残してやれない、なんて、おかしなこと言うのね。あなたがいるじゃない。あなたと一緒にいられるなら、何も望まないわ。それに実のところ、将来王妃なんて大役、私に務まるとは思えないし。あなたも知ってるでしょう? 私、室内でおとなしく過ごすより、外を駆け回ってる方が性に合ってるから」

「本当に、妃の地位に未練はないのか……?」

「ええ。あなたに気を遣って言ってるんじゃないから、それだけは勘違いしないでね。私の意思よ。あ、そうだ、いつか私の故郷に行ってみない? 何もない所だけど自然は豊かで静かだし、きっと気に入ってくれると思うわ」

 フィラーナは、まるでウォルフレッドの迷いを払拭するように、満面の笑みを向ける。

 それは、港町で出会った時に見せた、太陽よりも眩しい笑顔によく似ていた。

「フィラーナ……」

 ウォルフレッドは愛しそうに名を呼ぶと、彼女の身体を掻き抱くように自身の腕の中にすっぽりと収める。

「初めて会った時から、すでに俺はお前に惹かれていたんだな……。抗おうとする方が無理だったと、今ようやく観念した」

「ふふ……観念、て何よ。相変わらずな言い方」

 逞しく広い背に手を回して抱きしめ返すフィラーナが、ウォルフレッドの腕の中で楽しそうに答えた。それを感じたウォルフレッドも表情を和らげ、その唇が弧を描く。

 しばらく、互いの温もりと心を感じながら抱き合っていたが、フィラーナがおもむろに口を開いた。

「……私、あなたの邪魔にならないために家に戻ろうと思うの。仮にここに残って、陛下から早く結婚するように命令が下ったら、もう避けようがないわ。そうなれば陛下も周囲も、次に期待するのは世継ぎでしょうし」

 
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