冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 戸惑うまま隣りの衣裳部屋へと連れられたフィラーナは、侍女たちによって手際よく、繊細な白のレースがふんだんにあしらわれた鮮やかなエメラルドグリーンのドレスに着替えさせられたかと思うと、ドレッサーの前に座らされ、鏡に映った自分の髪が瞬く間にハーフアップに結われていくのを、感心したように眺めていた。

(いつもはメリッサひとりだったものね……もちろん、メリッサも丁寧で迅速だったけど……って、違う違う)

 感心している場合ではない。

 ひと通り身支度が終わると、フィラーナは立ち上がりざまに振り向いてメリッサに状況を尋ねようとしたが、彼女を含めた侍女たちがうっとりと目を細めて自分を眺めていることに気づく。

「本当にお美しいですわ」
「さすが、殿下がお選びになられた方ですわね」

 彼女たちの呟きが耳に届き、何がどうなっているのかさらに混乱したフィラーナが口を開こうとした時、内側の扉がノックされ、別の侍女が顔を覗かせた。

「あの、レドリー様がお見えですが……」

「すぐにお通しして!」

 すべてを知っていそうな人物がタイミングよく現れた。フィラーナがドレスを持ち上げ、足早に先ほどの居間のような部屋に戻ると、ちょうど入室してきたレドリーが深く頭を下げた。

「フィラーナ様、ご機嫌うるわしゅうーー」

「レドリー様、どうぞお座りになってくださいませ!」

 挨拶もそこそこに、フィラーナはやや興奮気味にレドリーに着席を促す。内心は、着席よりも説明を促したい気分だ。

 レドリーもフィラーナの纏う雰囲気を悟り、使用人たちに退室を命じた。

 部屋は静かになったが、フィラーナの心は落ち着かずざわついたままだ。

「これはどういうことですか? 私もお城を出るはずだったのでは?」

「……殿下からお聞きしました。フィラーナ様に全てを打ち明けて、それでもともに未来を誓い合ったと。大変喜ばしいことで、私もフィラーナ様に感謝申し上げたい気持ちでいっぱいです。やはり、あなたは私の見込んだ通りーー」

「本題に入ってくださいませ」

 フィラーナの真剣な眼差しを受け、レドリーはその表情から笑みを消す。

「結論から申し上げますと、フィラーナ様にはもうしばらくここに滞在していただきます。殿下と……何より、セオドール様のために」
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