冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「ユアン、さっきの娘の動きを見たか」

「はい。正直、驚きました」

 ユアンは路地での光景を思い出した。ウォルの背後に男の凶刃が迫っていた時、ライラが剣を抜き、片膝を立てて真っすぐに男に向かって腕を突き出した。その刹那、ウォルの顔を掠めたのではとユアンの背に冷たい汗が流れたが、ライラの腕の動きは俊敏にして迷いがなく、剣の軸も安定していた。さらに、一瞬にして相手との距離を見極め、腕の伸びを加減して相手を傷つけることなく制止した。昨日今日習ってできる技ではない。普段から鍛錬を重ねているウォルとユアンには、それがわかった。
 
「あの娘、何者なのだろうな」

「さあ……」

「嫁ぎ先の男も災難だな。夫婦喧嘩の際には血の雨が降るかもしれんぞ。だが、気位ばかり高くて気難しい女に比べれば、ああいう娘の方が面白味があるかもな」

「涼しい顔で物騒なこと、おっしゃらないでください。私は嫌ですよ。王太子ともあろう方が、将来お妃に剣で追い回されているところなど、見たくもありません」

「俺がそんな軟弱な男のわけがない」

 ウォルは少しだけ口角を上げた。

「今後、こうして非公式に外に出ることは難しくなるだろう。だが、最後に面白いものが見られた」


 
 やがて大通りの往来を抜け、宿に到着すると、部屋の前で護衛の騎士がウォルを出迎えた。

「殿下、お待ちしておりました」

「遅くなった。夕刻までにジンデル領へ戻り、衛兵隊と合流する。暫し休息の後、出立だ」

「御意」
 

 扉の向こうに消えていくウォルことーースフォルツァ王国王太子、ウォルフレッド・アンセル・ティオン・ハインディルクの背に向かい、ユアンと騎士は背筋を正して恭しく一礼した。


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