冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「ルイーズ、そんなことしなくても大丈夫よ。もう全部終わったわ。ほら、一緒に帰りましょう? また刺繍を教えてくれるかしら?」

 フィラーナはルイーズを刺激しないよう、立ち止まって語り掛ける。しかし、ルイーズは短剣を握る手にさらに力を込めた。

「……どうしてそんなことが言えるの? 私はあなたを貶めようとしたのよ? 元に戻れるわけないじゃない」

「ルイーズ、あなたはただ利用されていただけ。セオドール様と離れたくない一心で、巻き込まれてしまっただけなのよ」

「……本気でそう思っているの? 私には野心のひと欠片もないと……?」

 自分の中の感情を抑え込もうとしているのか、ルイーズが青ざめた唇を震わせる。

「私は酷い人間なのに、そうやって人格者ぶる偽善者のあなたが、私は嫌いよ……!」

 偽善者、という言葉がフィラーナの胸に突き刺さる。しかし、今にも泣き出しそうなルイーズの顔を見て、嫌われるように彼女がわざとそう言ったのではないかと、フィラーナは思った。

「……何の苦労もなく、何不自由なく育ってきたフィラーナに、私の気持ちがわかるはずないわ……。父が事業に失敗して、古い友人だったミラベルのお父上であるアルバーティ伯爵に度々借金を重ねて、私たち家族は貴族とは名ばかりの貧しい生活を強いられてきた……。知っての通り、妃候補として王宮に呼ばれても、流行りのドレス一着すら新調出来ない有り様よ」

ため息をついて、ルイーズは話を続ける。

「アルバーティ伯爵家で度々催されたお茶会なんかにも、伯爵や夫人の機嫌を損ねてはいけない、と父に諭されて嫌々ながらも何度も足を運ばざるをえなかったわ。……そこでミラベルやその友人たちから、嫌がらせを受けて蔑まれ馬鹿にされても、家のために屈辱に耐えるしかなかったのよ。それも仕方のないことだと、諦めて生きてきたわ」
< 198 / 211 >

この作品をシェア

pagetop