冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 ウォルとユアンは町の様子を眺めながら大通りをしばらく進んだところで、前方に人だかりを発見した。

「何でしょうか」
「とりあえず行ってみるぞ」

 ふたりが近づく合間にも、どこからかわらわらと野次馬が増えていき、次第に男の野太い怒声が耳に届く。ウォルもユアンも並いる男性の身長より頭ひとつぶんは高いので、野次馬たちの壁の外からでも難なくその中の様子をうかがうことが出来た。

 男がふたり、もめている。いや、よく見るとそうでなく、昼間から酔っているのだろうか、顔を真っ赤にした三十代くらいの男が、もうひとりの小柄な男の胸ぐらを掴んでいる。酔っぱらい男が何かわめいているがろれつが回っていて、よく聞き取れない。掴まれたの男の方は酔っぱらい男の剣幕に負け、体が震えている。

「何かあったのか?」

 ウォルが呟くと、たまたまそばで静観していた中年男が、通りに面した料理店を指差しながら答えた。

「ああ、あの店の給仕と客だよ。料金を踏み倒そうとして咎められた客が逆上して、料理が不味いだの言い出して、給仕を外に引っ張りだしたらしいよ」

「誰も助けに入らないのか」

「あんなゴロツキ、相手にしてたらキリがないよ。こっちも巻き込まれたくないしな。さっき誰かが警備隊を呼びに飛び出して行ったからそのうち来るだろ」

 そう言い残すと、中年男は用事でも思い出したのかそのまま立ち去っていった。確かに巻き添えを食らいたくないのだろう、あたりには興味なさそうに通りすぎる者や傍観に徹している者ばかりで、誰も止めに入ろうとしない。

(あとは役人の仕事か……この町の警備隊がどんな働きをするか、見てみるのも悪くない)

 ウォルはそう思いながらも、もしあの酔っぱらいが給仕や通行人に危害を加えようものなら、自分が止めに入ることも頭の隅に浮かべていた。
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