冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
(ここは……?)

 視界が薄いベールのようなものに覆われているようでハッキリとはしないが、森の中ではないことは確かだ。徐々に見えてくるのは、天井からの白い天蓋と、風に揺れるレースのカーテン。

 身体に感じるのは冷たい水の感触ではなく、シーツの柔らかさだ。

 そして、誰かが自分の手を強く握りしめている。フィラーナは自分を引っ張ってくれたのはこの手だと直感した。そして、それが誰なのかもわかっていた。

「ウォル……」

 掠れた呟きが、風に乗って消える。しかし、フィラーナの手を握りしめていた人物の耳にはしっかりと届いたようだ。

 ウォルフレッドはフィラーナの眠る寝台に椅子を横づけして座り、フィラーナの手を握ったまま突っ伏していたが、すぐさま反応して素早く頭を起こした瞬間、目を見開いた。そして、ぼんやりとしたように半分ほど開かれたフィラーナの瞳を覗き込むようにして、顔を近づける。

「フィラーナ……俺がわかるか?」

 コクリ、と小さく首を縦に振ったフィラーナの頬に、温かい透明な雫が落ちてきた。涙に濡れたウォルフレッドの水色の瞳は、一層透明感を増しているようだった。

 彼のもとに帰ってこられた喜びと安心感で、フィラーナの瞳からも涙が溢れ出た。

「ウォル……ごめ……なさい……まだ、声がうまく……出せなくて……」

 自分でも声が掠れているのがわかる。

「いい。今はまだしゃべるな。すぐに侍医と侍女を呼んでくるから」

 ウォルフレッドはフィラーナの涙を指先でそっと拭うと、自分も目をこすって雫を飛ばし、フィラーナの額と唇に優しい口づけを落としてから、急いで部屋をあとにした。

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