冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
(ウォル……だったわよね。今、どこで何をしてるのかしら……。やっぱり旅に出ているのかしら。あれほどの腕があれば、どこに仕官しても充分やっていけそうなのにね)

 フィラーナは小さく息を吐く。

(私がもし男に生まれていたら、あんな風に強くなりたかった。そうしたら、少しはお兄様の力になれたのに……)

 その時、ドアをノックする音が聞こえ、フィラーナは反射的に勢いよく上体を起こした。もし伯爵夫人だったら、だらけたフィラーナの様子を見て、説教を始めるかもしれない。

 しかし、部屋に入ってきたのは、ライラと同じ色合いの髪と茶色の瞳を持つ、ひとりの若者だった。顔には穏やかな微笑みをたたえている。

「お兄様」
「フィラーナ。まだ起きてた?」
「ええ。どうぞ入って」

 フィラーナは立ち上がると、五歳上の兄、ハウエルにソファをすすめた。

「髪が少し乱れているよ。もしかして、そこで寝転がってた?」

 ハウエルがフィラーナの髪に手を伸ばした。フィラーナの口元が綻ぶ。昔から変わらない優しい兄の手は、いつも温かい。ふたりは並んでソファに腰かけた。

「いよいよ一週間後だね、王都へ発つのは」
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