冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「それって、妃に選ばれるかもしれないっていう? だから、私はそんなの望んでないのよ」

「違う。王宮に留まれる機会なんて、なかなかない。小さい頃、よく言っていただろう? 外の世界を見てみたい、って」

「ええ……小さい頃は、それが可能だと信じていたわ」

 しかし、歳月が流れ、自分の立場を認識するようになってから、それは叶わぬ夢にすぎないのだと理解するようになった。いずれ、自分は釣り合いの取れる家柄の男性の元へ嫁ぐ。ならばせめて近くの領地を治める貴族と結婚し、時々この家を訪れて父や兄を支えたい、というのがいつしかフィラーナのささやかな夢になっていた。

 ハウエルは瞳に優しい灯りを点して、フィラーナの暗い顔をのぞき込んだ。

「次期国王になられる王子がどういう方か、自分が暮らす国の未来を任せられるに足る人物かどうか、お前の目で確かめてくるといい。それに、例えお妃になれなくても、きっと王都で学んだり、得たりするものはあると思う。遠くにいても、僕はお前の進む道が明るく照らされることを祈っているよ」



 ハウエルが退室し、ひとりになったフィラーナは立ち上がるとバルコニーまで進み、わずかにガラス扉を開けた。春の夜風はまだ冷たさを含んでいるが、フィラーナの心を落ち着かせてくれた。

(外の世界を見るチャンス……確かにお兄様の言う通りかもしれない)

 どうせ行くのなら無理やりにではなく、自分の意志で赴くのだ、とーーそう思いたい。

 フィラーナは扉を全開にすると、バルコニーの中央に立ち、頭上を覆う満天の星へと顔を向けた。

 雲ひとつない美しい濃紺の夜空が、いつもに増して澄んでいるように見えた。
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