冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 突然後ろから聞こえてきた声に、黒髪の令嬢はハッと振り向いた。茶色の大きな瞳が驚きで揺れている。華やかさはないが、色白で目鼻立ちも整っていて、清楚な印象の女性だ。

「いえ、その私は……」

 その令嬢はなぜか、やや目を伏せて口ごもる。

「あ、ごめんなさい、急に話しかけたりして」

 その様子を見て、もしかして迷惑だったのかもしれない、とフィラーナはすぐに自分の奔放な性格を反省する。すると、そんなふたりの会話に気づいたブロンドの令嬢がスッと立ち上がり、優雅な笑みを保ちながらゆっくりと歩み寄ってきた。

「おふたりとも、こっちに来てくださいな。ライバルとはいえ、ここで会ったのも何かのご縁ですわ。滞在中は仲良くしたいと思っておりますの。私はミラベル・アルバーティよ」

 アルバーティ伯爵家はここ十数年で領地改革を成し遂げ、莫大な収益を誇るようになった、今では王国屈指の富豪貴族である。ミラベルの瞳に挑戦的な光が一瞬だけ垣間見えたことにフィラーナは気づいたが、意に介せず微笑み返す。

「私はフィラーナ・エヴェレットです」

「……私は、ルイーズ・コーマック……」

 黒髪の令嬢が小声で名乗ったところで、「あら」とミラベルが口元を手で押さえた。

「やっぱり、ルイーズだったのね。この場にふさわしくない人に良く似てたから、まさかとは思っていたけど」

 ルイーズの表情が一瞬強張る。ふたりは以前から知り合いのようだが、ミラベルがその笑顔とは裏腹に明らかに毒づいた言葉を投げかけるあたり、何か確執がありそうだ。ルイーズは困惑しながらも、自信無さげに硬い表情のまま少し微笑んだ。

「……お久しぶりね、ミラベル」

「覚えていてくれたのなら、声を掛けてくれたらよかったのに。それにしても、今日も素敵なお召し物ね。何年前のデザインかしら」

「こ、これはお母様から譲り受けたドレスで……」

「あらまあ、これから王太子殿下に初対面なのに、わざと地味にしてくるなんて、よほど内面に自信がおありなのね。お手柔らかに願いたいわ」

 ミラベルは、そちらの家の事情など聞く耳持たないと言わんばかりにわざとルイーズの言葉を遮り、目を細めて囁いた。ルイーズはというと、反論することなく唇を噛みしめ、耐えるようにじっと床に視線を落としている。
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