冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 そんな中、唯一フィラーナだけが全身に強固な鋼が入ってしまったかのように、立ったまま微動だにしない。
 
(……え、ウォル……? なんでここに……?)

 彼が何者かと理解する前に、こんな場所で再会したことの方に驚いて、大きな瞳をさらに開いて前方の青年をまじまじと見つめてしまう。

(あれ……? でも、ちょっと違う……?)

 しかし、すぐさまフィラーナは小さな違和感を覚え始めていた。髪や顔立ちはウォルによく似ているが、港町で会った時とは、まるで雰囲気が異なる。もちろん以前の旅装のような平服ではないので受ける印象も大きく変わるのだが、ウォルはぶっきらぼうな物言いをする人ではあったものの、言動の節々から、内面の温かさを少しは感じ取ることができたというのに。

(……別人かしら……)

 会ったのはたった一度だけ、しかも短時間。ウォルの顔立ちの細かなパーツまで逐一覚えているわけではなく、フィラーナも徐々に自分の記憶に自信がなくなってきた。

 すると、ゆっくりと立ち上がったレドリーが突っ立ったままのフィラーナに気づき、柔和な表情を保ちつつ、やや鋭い視線を送ってきた。

「そこのご令嬢。王太子殿下の御前ですよ」

「も、申し訳ありません……!!」

 フィラーナも出遅れながら慌てて体勢を低くし、そのまま俯く。

(この人が王太子……。じゃあ、なおさらウォルとは別人よ。彼は旅をしてる人だもの。それより、とても失礼な態度を取ってしまったわ……! どうか、お咎めがありませんように!)

 王宮での平穏無事な暮らしと早期帰郷を願うフィラーナがじっと身を縮めていると、コツコツと靴音が近づいてきて、手前で静かに止まった。

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