冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「なんだぁ? 怖いもの知らずなお嬢ちゃんだな」

 あからさまに不機嫌そうに口元を歪めた男だったが、目の前の生意気な娘が整った美しい顔立ちをしていることを認識した途端に好色な目つきに変わった。

「……虫の居所が悪かったが、まあいい。お嬢ちゃん、俺に付き合え」

「あら、私はあなたなんかに用はないわ」

 娘は男の言葉にツンと横を向く。

「でも、言いたいことはあるかしらね。警備隊が到着する前にちゃんとお店に謝罪と支払いをすること。それじゃあ」

 怯えるそぶりを見せるどころか、娘は表情ひとつ変えずにそう言い放つと踵を返して歩き出した。

 クスクスと押し殺したようなせせら笑いが周囲から沸き起こる。小娘に軽くあしらわれ面目丸つぶれになった男の顔が怒りで一層赤くなり、娘を追いかけながら腕を振り上げた。

「このアマっ……!」

 嘲笑から一転、群衆から小さな悲鳴が上がる。娘も気配を感じて振り返ったが、怒りの形相の男が目前に迫っている。逃げる隙もなく、娘は思わず顔の前で腕を交差させ、ぎゅっと目を瞑った。

 だが、男の腕は上がったまま降り下ろされることはなかった。

「それくらいにしておけ」

 別の人物の声が聞こえ、娘はハッとして顔を上げた。男の背後にフードを目深にかぶった長身の青年が立っている。男はその青年に腕を掴まれているため、降り下ろせないのだ。

「この……邪魔すんなぁ!」

 男は振り向きざまに、もう片方の手で青年に殴りかかろうとしたが、いとも簡単にその拳をかわされてしまった。さらに運の悪いことに、虚しく空を切ったその腕を青年に掴まれ、己の体が浮き上がったかと思った瞬間、背中から地面に叩きつけられていた。結果、男は体に激しい痛みを受けながら、青い空を仰ぎ見ることになったのだった。

 重い衝撃音とともに「ぐふっ……!」というくぐもった声が男の口から吐き出される。

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