冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 あの時は、幸運の神が気まぐれにフィラーナに味方し、たまたま怪我をさせなかっただけにすぎない。しかし、もし本当にウォルが王太子であった場合、彼への接し方は明らかに“不敬罪”に当たるのでは、と次なる不安が次第に込み上げてきた。

 自分個人が処罰を受けるならまだしも、それが父や兄にまで波及し、エヴェレット侯爵家の名を地に落とすような事態は絶対に避けなければならない。

「ーーナ、さん。フィラーナさん」

「え……?」

 何度も自分を呼ぶ声にハッとして横に視線を向けると、ルイーズが眉尻を下げて心配そうに見つめている。

「どうかなさいました?お顔の色が優れないみたいですけど……」

「あ……はい……大丈夫です」

 悪い方へと向かっていた思考が思わず表情に出てしまっていたのだろう。フィラーナは取り繕うように微笑んだが、すかさずミラベルがルイーズの背後から声をかける。

「もう、ルイーズったら。そっとしておいておあげなさいな。肝心な初の謁見で、しくじってしまったんですもの。印象が悪くなってしまったと落ち込むのも無理ないわ。緊張し過ぎていたのね」

 労るような優しい口調とは裏腹に、ミラベルは同情と優越感から成る微笑をフィラーナに向ける。

「案外王太子様も気に止めていらっしゃらないかもしれないし、深く考えない方がいいわよ。それより」

 ミラベルは踵を返すと、レドリーに詰め寄った。
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