冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
芽生える気持ちと引けぬ想い
 部屋に戻ると開口一番、フィラーナは庭と森歩きでドレスの裾と靴を汚してしまったことをメリッサに詫びた。自分の持ち物だが、手入れと管理は彼女の仕事だからだ。

「いいんですよ。フィラーナ様が良い気分転換になられたのなら」

 メリッサはにこやかに答える。

「何だかさっきより明るいお顔になられて、私も嬉しいですわ」

「え……そう? 私、そんなに暗かったかしら?」

「少し表情が曇っていらっしゃいましたし、食事もあまり進まないご様子だったので。さあ、お着替えをいたしましょう。足もお拭きしますね」

 メリッサはいそいそと衣装部屋に消えていく。選んでくれた着替えのドレスに袖を通しながら、フィラーナは自分でも心境の変化が起こっていることに気づいた。本来なら、早速レドリーを呼んで帰郷する旨を伝える予定だったのに、今はためらっている。

(王太子殿下と“仲直り”……したから……?)

 罪を不問にするとウォルフレッドは言った。これからは、こそこそと隠れずに済む。それに、『外の世界も見ておいで』と兄が背中を押してくれて王都まで来たのに、土産話のひとつも用意できていない上、このまま帰ってしまえば次はいつ王都の地を踏めるかわからない。そう考えると早急に決断するのは非常にもったいないような気がしていた。

(いずれは帰ってお兄様を支えるんだから、今はもうちょっとここにいようかしら)

 ずるずると決断を先延ばしにしているうちにも時は流れていった。
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