冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「暗い話ばかりしてると、せっかくの殿下からのお花がしおれてしまいますね」

「ええ、そうね……」

 フィラーナはぐるりと周囲を見渡した。

 部屋の規模も調度品の質も以前とほぼ同じだが、ピンク、白、赤、黄色などの春の花で溢れた大小さまざまな花瓶がテーブルやチェスト、出窓部分など至るところに飾られ、明るく華やかな空間へと変貌を遂げている。

 先ほど初めてここへ足を踏み入れたフィラーナは部屋を間違えたのかと思い、案内してくれた女官長に尋ねたが、彼女は静かに首を横に振った。

『いいえ。こちらが本日からフィラーナ様のお部屋でございます。お花の飾り付けは王太子殿下のご指示によるものでございます』

 綺麗な物を視野に入れて気持ちを落ち着かせるように、というウォルフレッドなりの心遣いなのだろう。それにしては花の量が多いような気もするけど、と彼の不器用さに笑みが溢れつつも、自分のことを考えてくれたその優しさは素直に嬉しい。

 お礼を言いたい、と女官長には伝えてあるので、あとでその時間は作ってもらえるだろう。

 早く顔が見たい。

 無意識のうちに心に込み上げた思いに、フィラーナはハッと我に返った。

(私、ここ最近変だわ……)

 今まで経験したことのないような胸の疼き。

「では、私はお茶の準備をして参りますね」

 メリッサが退室し、部屋は静けさに包まれる。フィラーナは心を落ち着けるように深呼吸した。

 しかし、すぐに廊下からパタパタと走る足音が近づいてきたかと思うと、扉からメリッサが慌てた様子で現れた。

「で、殿下が、今こちらに向かっていらっしゃいます……!」

「えっ? もう!?」

 フィラーナは急いで立ち上がった。
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