冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 思っていたよりもかなり早い来訪に焦ってしまいオロオロと意味もなく右往左往しているうちに、早くも扉からノック音が響く。

 メリッサが扉を半分ほど開けて従者らしき人物に対応したあと、さらに大きく開かれた扉からウォルフレッドが現れた。従者から指示があったようでメリッサはすぐに廊下へと姿を消す。

端正な彼の顔を見た途端、無意識とはいえ叶えられた願望によって心は立ち所に落ち着きを無くし、フィラーナはそれをごまかすように深く頭を下げ深呼吸した。

「殿下、新しい部屋とたくさんのお花をありがとうございます。本来ならばこちらから出向くところを、こうしてわざわざ足を運んでいただきまして申し訳ございません」

 近づいてくる靴音を耳に捉えながら、何とか冷静に言葉を紡ぐことができた。

「頭を上げろ。ここには俺たちしかいないんだから、そんなにかしこまらなくていい。……花は少しは役に立ったか?」

「はい。見ているだけで気分が良くなります」

 フィラーナは顔を上げて微笑む。つられるように一瞬、ウォルフレッドも唇に緩やかな弧を描いたが、すぐに真顔に戻った。

「今回は予期しなかったこととはいえ、警備の怠りは俺の責任だ。しばらくは不安だろうからお前に護衛をつける」

「護衛……?」

「城の近衛騎士なら信頼のおける者ばかりだが、顔見知りの方がいいだろう。ユアンを任務に就かせようと思う」

「いえっ、私なら大丈夫です……!」

 一方的な話の流れに歯止めをかけるべく、フィラーナは即座に首を横に振った。そんなたいそうなことをしてもらうほどの身分ではないし、何しろ実家で令嬢らしからぬ自由な日々を送ってきただけに、いつも護衛がついているかと思うと窮屈で息苦しくなってしまいそうだ。

「きっとちょっとしたイタズラだと思いますし。貴族の娘らいくないと思われるでしょうけれど、私ああいうのを見るのは慣れてますから」

「慣れているとか、そういうことじゃない。今度はその悪意がどう形を変えるかわからないぞ。もっと危険な目に遭うかもしれない。護衛がつけばそれだけで相手への牽制になる」

「そんな大袈裟な……ここは離宮と言えども王宮内ですよ? 犯人もそんな大それたことするとは思えませんし。そうだわ、剣をお貸しくだされば自分の身は自分で守りーー」

「だが、お前は女だ……!」

 楽天的で危機感をあまり持たないフィラーナに苛立ったのか、ウォルフレッドは彼女の言葉を遮るように語気を強めた。
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