冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「おじいさん、どうしたの⁉」

 ウォルとユアンも娘の声に反応し視線を動かすと、白髪の男性がひとり、地面に座り込んでいる。

「ああ、ライラお嬢さんかい」

 老人は顔を上げて、力なく微笑んだ。娘と老人は顔見知りのようだ。

(ライラというのか……)

 ウォルは初めて娘の名前を知った。

「おじいさん、大丈夫?」

「ああ、何てことないさ。ちょっと腰が痛くなったもんだから休んでたんだよ」

 老人の傍らには、野菜と果物が山盛り入った編みかごが置いてある。

「じゃあ、私が持つわ」
「いや、いいよ。か弱いお嬢さんには無理だよ」
「大丈夫、私、こう見えて体力には自信があるの」

 ライラは笑って見せると、かごに手を掛けた。だが、意外と重くてなかなか腕が持ち上がらない。それでもなんとか数センチ地面から浮かせ、よろよろと歩を進めようとした時、腕が急にフッと軽くなった。

「え……?」

 驚いて横を見ると、ウォルがそのかごを軽々と担いでいる。

「あの……?」

 ライラはウォルの意図がわからず少し首を傾げる。そんな彼女を見下ろして、ウォルは口を開いた。

「何が体力に自信がある、だ。自分の力量も把握していないのに、いい加減なことを言って期待させるな」

「別に期待させるとかそんなつもりじゃ……」

「もたもたしてたら通行の邪魔だ。ついでだから持ってやる。場所はどこだ?」
 
 ライラは少し頬を膨らませて反論しかけたが、ウォルの声に遮られてしまった。それどころか、ウォルの突然の申し出に驚いて瞳を見開いたまま、続ける言葉が出ないようだ。

「ウォル様……! それは私が持ちますので!」

 ウォルからかごを受け取ろうと、ユアンが腕を伸ばす。

「いい。俺が勝手にやっていることだ。お前はその老人に手を貸してやれ」

 ユアンにそう指示し、足を前に出しかけたウォルだったが、すぐにライラの方へ振り返った。

「早く道を教えろ」

「……え、ええ」

 断れないような空気に気圧されてライラは戸惑いがちに頷いたが、ユアンに肩を貸されて立ち上がった老人に行き先を尋ねた。二言ほど言葉を交わした後、ウォルの方を振り返る。

「お家だそうよ。前に行ったことがあるから知ってるわ。おじいさん、もし良かったら私が道案内してもいいかしら?」

 老人が頷くのを見て、ライラはウォルに視線を戻し、道の向こうを指差す。

「しばらくまっすぐよ」

「そうか」

「ありがとう。……あなた、やっぱりいい人みたい」

「ただの気まぐれだ。こんなことくらいで他人を信用して、お前は危なっかしい奴だな」

 ぶっきらぼうに答え、歩き始めたウォルの背中に、ライラは慌ててついていく。けなされたはずなのに、彼の言葉に少しだけ温かみを感じる。ライラの唇は嬉しそうに弧を描いていた。
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