冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
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ライラに連れられて来た場所は、大通りから少し離れた、小さな家が所狭しと建ち並ぶ地区の中にある一軒の民家だった。
台所の土間までかごを運び終え、そのまま立ち去ろうとしたウォルとユアンは、家の主である老人に謝礼として食事に誘われたが、「気持ちはありがたいが先を急ぐので」と丁重に断った。台所をあとにして続きの間に入ると、そこは居間で、五人の幼い子供たちに囲まれて楽しそうに笑うライラの姿がウォルの視界に映った。
子供たちはこの老人の孫で、息子夫婦が仕事に出ている日中、預かって面倒を見ているらしい。ライラとはすでに面識があるようで、先ほど家に訪れた時、「ライラお姉ちゃん!」と全員があっという間に彼女を取り囲み、一緒になって遊び始めた。
ライラは今、椅子に腰かけ、古びた絵本を子供たちに読み聞かせている。その表情は、優しさと慈愛に溢れているようにウォルには感じられた。
(最初に見たときとは印象が違うな……。どんなに気の強い娘かと思ったら、路地ではこっちが呆れるくらい能天気な態度で接してきた。そして、今は母親のような温かな眼差しか……次々と表情を変える娘だ)
「お前さんたち、ライラお嬢さんのご友人かい?」
突然の横からの声にウォルはハッと我に返り、視線を動かした。老人がにこやかに微笑みながら立っている。
「……いや、さっき出会ったばかりだ」
「ははは、そうかい。あのお嬢さんは誰とでも打ち解けるからね」
「別に打ち解けてはいない」
ウォルは呟いたが、老人の耳には届かなかったようだ。
「わしも最初に会った時はそうだったよ。市場で孫が泣き出して困っていた時、お嬢さんは気さくに話しかけてくれてね」
老人が気分良く話し始めたので、ウォルはそれ以上否定することはやめて、黙っていた。