witch

「どうした？」
少女が私に心配そうな声で話しかける。
だが、その声は私の頭を通り抜ける。

何なの？あの傷は。

ないとの手首の傷は古いものから新しいものまで、深いものから浅いものまで、長期間に渡って付け続けたであろうものであった。

「あの傷を見たのか？」
いつの間にか少女が私の前に立っていた。

少女の顔に表情はなかった。
ただ、穏やかな感情のない顔をしている。

「見たんだな」
少女は抑揚のない声で私に確認する。

私はかろうじて頷けた。

「あいつ、何度か自殺を試みたんだ。でも全部失敗した」
少女は淡々とした声で言った。
その少女が発した言葉頭の中で反芻する。

ないとが自殺を試みた？

「あいつは家族に捨てられ、学校ではいじめに遭い、そして…」
ここまで言って少女は言葉に詰まった。
少女は唇を固く結んでいる。

私は頭の中では知りたくないと思っているはずなのに、心の中では早く続きが知りたくて仕方なかった。

少女は低くうつ向いた。
「あいつ、自分が化け物だから死ねないって聞いて、それから自傷行為を始めたんだ。」

少女の声が遠くなっていく…。
私はどんな顔をしていたか分からない。
話していたかも分からない。
ただ、少女の言葉が頭に響くだけで…。


持っていたないとのシャツが音もなく落下した。
ないとが自殺しようとした？
手首の傷は自傷行為の跡？
…化け物は死ねない？


「死ねないってどういう事ですか」
私は少女に尋ねる。
少女の顔は見たくなかった。
見たら私の心に絶望が溢れる気がして。


「化け物は不老不死だ。どんなに体がバラバラになっても病気になっても死にやしない。永遠に年も取らないからずっと若い頃の姿のままさ。だから、ないとのように死にたくなっても死ぬことは不可能なのさ。」

少女の声は悲しみに染まっていた。
いや、この感情を悲しみと言うのだろうか？

「そんな、てことは私も？」
私は風が吹けば消えてしまいそうな声で聞いた。

「あぁ、君が化け物なら」

「死ぬ方法は！？」
私は叫ぶ。

「一つだけある」
少女は相変わらず抑揚のない声だ。

「教えて下さい！」
私は藁にもすがる思いで食らいついた。

その時、少女の目から一粒の涙がこぼれた。
少女の体が小刻みに震えている。
私はもう心のどこかで確信していた。
きっと、その死ぬ方法なんて…。

「同じ化け物に殺してもらうことだ」
少女は膝から崩れ落ちた。
地面にポタポタと涙が滴り落ちてくる。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！」
私も訳も分からず発狂した。
自分の髪を両手で掴み、思い切り引っ張った。
ぶちぶちと髪が一斉に抜けていく。
痛いのに、痛いはずなのにやめられない。
今から屋上へ行って飛び降りてやりたかった。

飛び降りて、それでも立ち上がって、首を絞めて、息が止まっても意識はあって、手首を切り落としても、真っ赤な血が滴るだけで、体に痛みが残って、それでもやめられなくって、死ねるんじゃないか、いつか死ねるんじゃないかって。

「なんだよそれ！！！」
口が勝手に動いていた。
目から液体が大量に溢れてくる。
その液体のお陰で視界がぼやける。

「楽になりたいだろう？人の違いに苦しみ、化け物である自分を恨みながら生きる。そんな人生もうやめにしようではないか。死者の世界に行って、苦しみを忘れるのだ」
少女はここに来て初めて笑った。
でも…。

「死ぬことが幸せだなんて！」
私は納得出来なかった。

生きている事が幸せだと思ってた。
死ぬことは悲しく辛い事だと思ってた。
なのに、なのにこの人は死ぬことが希望の光なの？

「死ぬことは辛い事だと思っているのか？」
少女は私の心を読んだような発言をした。

「確かにそうかも知れないよ。でもさ、考えてみろよ。自殺したくなっても出来ない、つまり死にたくなっても死ねない。それは、この世界で生きたくないものにとってはただの拷問なんじゃないかな？」

私はこれから永遠にこの世界に生きて行かなければならない。
どれだけ辛いことがあっても、痛いことがあっても。
私は、永遠に耐えられる？
「死という逃げ道」のない世界に。

私は十二年間生きてて、初めて死にたくなった。