witch
目を開くと、見覚えのある模様が目を入り込んできた。
それは、見慣れた天井の模様だった。
「あれ…?」
私は自分の部屋にいた。車にいたはずではと思い辺りを見回す。
どこを見てもいつもの私の部屋だった。
手を動かすと何かが上に乗っているのが分かった。
そこには布団があった。
その時初めて私が布団で寝ていることに気づいた。

一体なぜ?
そう思い過去に思考を巡らせると、あの恐ろしい風景が浮かび上がった。
加速する長野先生の車。左右に揺れる車体。
急ブレーキをかける対向車。そして、、、
頭を振りながら奇声をあげる長野先生。

そんな事を思い出していると、ずきずきと頭の奥が痛んでくる。
先生は私が叫んでも聞かなかった。
いや、聞けなかったのかも知れない。
どっちにしろ、恐ろしい出来事だったのは確かだった。
でも、私はあの時もう死ぬと思っていた。
ううん、違う。『怪我をするんだ』と。
あんな非常事態でも、私の頭には化け物は死ねないっていう事実がよぎったんだ。

呆けた顔で天井を意味もなく眺めていると、誰かがドアをノックする音がした。
ドアの方に目をやるとゆっくりと開いていくドアから人が顔を出した。
「…お母さん」
お母さんは、今にも泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってきた。
「すずね、大丈夫?」
お母さんは私のベッドの横に椅子を置き、横になっている私の顔を覗き込む。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「すずね、すずね…あの…」
しどろもどろになった母はいつもより頼りなく見えた。
「お母さん、大丈夫だよ」
そんなお母さんを安心させたい一心で、私は笑って見せる。
私の笑った顔を見て、お母さんは少し安心したように笑ってくれた。
「あんた無事でよかったわ。さあ、早くお風呂入って寝なさい。明日起きれなくて学校遅刻するわよ」

お母さんはいつも通りの笑顔で椅子から立ち上がる。
安心したお母さんとは裏腹に私の胸には不安が残っていた。
「長野先生とないとは?」
お母さんは私の方にゆっくりと振り返った。

「衝突する前に長野先生の意識が戻ったんだって。相手も上手いこと避けてくれて事故は免れたわ。だから、みんな無事。安心して」
みんなの無事を知り、私は胸を撫で下ろす。
私たちは化け物だから死なないと分かっていても、やっぱり心配だった。
でも、私には一つ疑問に思うことがあった。
「ねぇ、お母さん。どうして長野先生は突然…」
私はお母さんに長野先生がおかしくなった理由を聞こうと思っていた。本当に軽い気持ちで、だった。
なのに、お母さんの顔は今にも泣きそうな苦しい顔をしていた。私はこれ以上聞いてはいけないと思った。




お風呂に入り、ご飯を食べた私はどっと疲れに襲われ何もする事なく、再び布団に入った。
すぐに意識が薄れていく。
その日はいい夢を見た気がする。
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