困難な初恋
長らく我慢させられているからだろうか。

会社でもふと気を抜くと俺は気だるげで、
それを見た女性社員たちが、
「松原さんの最近の色気、やばくない!?」と色めき立っていたりなかったり。

ある日、成瀬のいる第二に書類をもっていくと、
例の沢田麗華が、どん、とぶつかってきた。

「ごめんね、大丈夫?」
「っ!ごめんなさい!」
「あー、こぼれちゃったね。」

成瀬への書類を渡し、一緒に給湯室に行く。
スカートにコーヒーのシミがついてしまったようだ。
ぽん、ぽん、と叩きながら、上目遣いで言う。

「ごめんね、これ、とれそうにないから、クリーニング代、出すから」

上目遣いだからなのか、欲求不満により何かフェロモンでも出ているのか、澤田麗華はうっとりと俺を見下げている。

「いえ、私の不注意なんで、大丈夫です。」

そう言ったので立ち上がり、目線を合わせる。
ほんとに、遠慮なく言ってね、
そう言い立ち去ろうとすると。

「松原さん、今、彼女いらっしゃらないですよね!?」

身体が付きそうになる距離で、いきなり質問をしてきた。

「んー。いないといえばいないけど、
好きな子がいるよ」

サラッと正直に返す。
引いてくれるかな、と思ったけど、難しそうだ。

それって、と、少し攻撃的な目をして言う。
「宮川さんの事ですか」

どうかな、と微笑んでその場を去ろうとしたが、
袖を掴んで逃してくれない。

「あの子、見かけによらずビッチだって噂です!」
「仕事だって、協調性もないし、」
「人の気持ちが分からない子ですよ!」

上目遣いで、その目を涙ぐませ、まくしたててくる。


その言葉、自分に全部返っちゃうのにな。

あ、見かけによらずビッチは、嘘でもないか。

思い出してクスリと笑い、きょとんとしている麗華に伝える。

「君は、自分の仕事の評価を周りに聞いたことある?」

え・・・と目を丸くしている麗華に厳しく突きつける。

「自分の仕事も満足に出来ない子に、人を批判する権利はない。」
「あと、何かビッチか分かんないけど、もういい年齢なんだから、誰だって多少は経験あるでしょ。」
「もうちょっと自分のこと、客観的に見てみたら?」


ちょっとキツかったかな。
申し訳ないが、今、秋葉以外に優しくする余裕はない。

ごめんね、と最後には言い、衝撃で固まっている麗華を置いて、給湯室を出た。
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