凛々しく、可憐な許婚
現在、16時半。

日が長くなったとはいえ、まだまだ夕暮れが訪れるのは早い。

マイカー通勤の咲夜は、駐車場に置き去りにされている愛車の横を、尊の高級車が通りすぎるのを横目にして、慌てて尊に言った。

「鈴木先生、私、車で来ているんです。だから、送ってくれなくても,,,」

「咲夜さんの車は、後で父の秘書が回収します」

「でも、鍵は,,,」

「咲夜さんのお父様からスペアを預かっています」

"なんということ,,,。父までエイプリルフールに荷担しているの?それともガチ?"

咲夜は、これから向かう目的地も、会食の意図も分からず、ただ黙り込むしかなかった。

一方の尊は、チラッと咲夜を一瞥したものの、それ以上、言葉をかけることはなく、車を走らせることに集中しているようだ。

30分後に尊の車が到着したのは、都内の郊外にある、老舗高級旅館"颯矢天(はやて)"。

そう、そこは、咲夜の祖父が経営する老舗旅館の1号店だった。


案内された座敷には、すでに尊の父である道実と、咲夜の祖父 義明、咲夜の父 兼貞が座って談笑していた。

道実の隣に尊、兼貞の隣に咲夜が腰かける。

「お祖父様、お義父様。この度は、このようなお席を設けて頂き、心より感謝申し上げます」

正座をした尊が、背筋を伸ばして恭しくお辞儀をした。

「頭をあげなさい。尊くん」

義明が、口元を緩めて促す。

「こちらの申し付けを本当に成し遂げるとは恐れ入った。我々もこれで安心して咲夜を任せることが出来る」

「こちらこそ、恐縮です」

「尊の咲夜さんへの思い入れの深さには驚かされぱっぱなしでした。我が息子ながら、ちょっと引いてましたけどね」

微笑む尊に、おどける道実学園長。

咲夜は、一人訳が分からず、茅の外に置かれているような気分にいたたまれなくなった。




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