凛々しく、可憐な許婚
「そんな無理難題、私ごときのために引き受けることはなかったのに」

「無理かと言われたら、そんなことはない。弓道の錬士の資格なんて、君は高校生で取得したそうじゃないか」

高校を卒業するとき、尊は弓道二段だった。

錬士は、五段になってから受験するのが標準的な流れだ。

尊は、大学に入学以降、咲夜の祖父 義明の知人の弓道場に通い、昇段試験を受けながら、最終的には六段教士を取得した。

「鈴木先輩、六段教士なんてすごいですね。しかも、勉強と仕事を両立させながらの取得なんて至難の技なのに」

「お祖父様は文武両道を座右の銘にされてるからね。出来ないなんて言えないよ」

義明に躾られた咲夜も、昔から苦労したものだった。

大学時代には、祖父宅の離れに設置された弓道場で、道場の生徒に"錬士"として指導をさせられた。

中学と高校の教員免許をとるための勉強と並行して、カルタ(百人一首)の大会参加と教室での指導も義務付けられた。

花嫁修業と称した料理教室への週一回の参加も、大学入学から現在までの7年間続けさせられている。

そのおかげで、今では調理師と栄養士、パンの先生の資格まで取得してしまったくらいだ。

「お陰で余所見をする暇もなかったし、恐らくそれがお祖父様の狙いだったんだと思う」

「知らないうちにご迷惑をお掛けしていたようで申し訳ないです」

祖父からの無茶振りにより、長年振り回されたであろう尊に、咲夜は祖父に代わって謝罪した。

尊が苦笑する。

「まだまだ、夜は長い。明日も休みだし、先に着替えてリラックスしよう。ゲストルームにもバスルームがあるから、今日は咲夜はそっちを使って」

"そうだった。私、本当に今日からここで暮らすんだ,,,"

「あの、私の部屋はどこですか?」

「そこの左側だよ。その部屋の間取は君が寝室にしていた部屋と同じだから、荷物がそのまま入れてあると思う」

尊に案内された部屋は、確かに昨日まで過ごしていた寝室の間取りと同じで、そっくりそのまま移動してきたように収納されていた。

突然の引っ越しで、動揺していた咲夜も、変化のないように見える寝室には安堵のため息を洩らした。
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