凛々しく、可憐な許婚
バスルームは、玄関から少し入ったところにあった。尊は明日からはそちらを使うようにと、咲夜に念を押した。

きっと咲夜が気を遣うと思ったのだろう。

尊のマンションには、リビングとダイニング、尊が使用する主寝室に、書斎、咲夜の部屋、客間とそこに併設されたトイレ付きのユニットバスがある。

ダイニングにはアイランドキッチンが設置されており、料理が得意な咲夜には興味深い存在だった。

咲夜は、割り当てられた自室に戻ると、いつも着ているロングワンピースタイプのスウェットと下着、タオル類を抱えて、客間のユニットバスに向かった。

尊の言うように、咲夜の寝室の物は中身には手をつけずにそのまま運んだようで、探し物を見つけるのに時間はかからなかった。

実家を出るまでは、母の購入するパジャマを言われるままに着ていたが、社会人になって独り暮らしを初めてからは、コスパの良いプチプラアイテムに出会い、機能性を重視した作りに感銘を覚えた。

中でも可愛いめロングワンピースタイプのスウェットはリピーターになるほど気に入っている。

ユニットバスとはいえ、バスタブは充分に足を伸ばせるタイプの物だった。

"今日は本当に疲れたな"

咲夜は、シャワーを浴びている間にバスタブに湯を張り、体を洗い終わるとゆっくりとお湯に浸かった。

エイプリルフールに"落ち"はなく、明かされる現実の最後が鈴木先輩との同居,,,

「落語なら必ず落ちがあるのに」

はぁ、っとため息をついて、咲夜は鼻までお湯につけた。

息を吐くと、ぶくぶくとお湯が泡をたてた。

同じマンションどころか、同じ家の中に"鈴木先輩"がいる。

さきほど尊に聞かされたのは、咲夜が思いもしない現実と過去だった。

まだまだ知らないことが多い。

先輩のこと、両親や祖父、道実学園長のこと、この婚約の意味について。

初めて話した尊の二面性。

尊も咲夜のことは、表面から得た情報からしか判断できていないはずだ。

尊のことは嫌いではない。むしろ好きだとは思う。
だけど、それが結婚に繋がる"好き"かはまだわからない。

判断材料が少なすぎるのだ。

咲夜は、憧れていた鈴木先輩ですら、利己的に対応しようとする自分にほとほと呆れた。

"決まってしまったことならば、これから彼を知り、私を知って貰わねば"

お互いを理解した上で成り立つ信頼関係がなければ、早々にこの生活は破綻してしまうに違いない"

20分ほどお湯に浸かってそんなことを考えて、若干のぼせてしまった咲夜は、

"とにかく話をしよう"

と、いい加減、長湯を切り上げることにした。

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