凛々しく、可憐な許婚
簡単にタオルドライをして浴室を出ると、廊下に尊が立っていて咲夜は驚いた。

「あんまり遅いから倒れてるのかなと思って」

普通は、初めて訪れた家で長湯をするなんて思わないのだろう。

咲夜は、尊がもうひとつのバスルームを使うと聞いて安心してしまい、ついいつもの癖で長湯をしてしまった。

「ごめんなさい。いつも私はお風呂で内証することが多いものですから、多少バスタイムが長いんです」

「いや、構わないよ。ちょっと心配になっただけなんだ。倒れてないか、バスルームにいないならもしかして実家に帰ったのかも、なんて考えてしまって」

クスクスっと咲夜が笑った。

「そんなことしませんよ。"尊くん"は心配性ですね」

咲夜の心からの笑顔と、突然の"尊くん"呼びを目の当たりにして、尊は耳を赤くした。

「すっぴんで部屋着だと、高校生の頃の君に戻ったみたいだな。でも、濡れた髪にその笑顔と尊呼びは反則だ」

尊はバスタオルで髪を拭きながら立っている咲夜の手を引くと、リビングのソファに座らせた。

「俺が君の髪を乾かしてもいい?」

咲夜は微かに動揺したが、今日1日で尊のスキンシップには随分慣れてきていたため素直に頷いた。

尊も、スポーツメーカー製のグレイのスウェット上下を着ていた。

"ラフな格好なのに、先輩はやはり何を着ても格好いい"

咲夜は、尊が持ってきたドライヤーで髪を乾かしてもらいながらそんなことを考えていた。

一方の尊は、初めて見る無防備でプライベートな咲夜の姿に、内心では興奮を隠すのが精一杯だった。。

ずっとこの綺麗な髪に触れたいと思っていた。想像通りの柔らかい髪。

真っ白で染み一つない肌、色気のある首筋。

邪な情熱に押し流されそうになる気持ちを必死で抑えて、尊は無心で咲夜の髪を乾かす作業に徹した。

咲夜は鈍感なのに、警戒心は強く、男性に対して特にその傾向が強い。

そのおかげで誰にも奪われずにすんだのだが、それでも咲夜の回りに群がる男性を排除するのは大変だった。

今まで、自分からは近づくことも許されなかったが、これからは違う。

こうして咲夜と触れ合う時間を増やしていき、お互いのことをもっと知っていきたい。

8年をかけてようやく手に入れた咲夜。

髪を乾かし終わってドライヤーをソファの上に置くと、尊は立ったまま、咲夜の頭の上に唇を寄せた。

自分と同じシャンプーの香りがする。

「尊くん?」

8年間の苦労が一瞬にして報われた気がした。
< 32 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop